イケメン少女と子犬王子
「……。つまり、だ。君は私に好意があると?」
「はい。二年前に姉があなたのことを話してくれたとき、ぼくはあなたに興味を持ったんですよ。高校に入って、あなたの武勇伝を聞く度に興味が膨らんでいきました。今日初めて実際に言葉を交わして、興味は好意に変化しました。先輩は躊躇なく他人を助け、まっすぐに目を見て他人を褒めることができる人です。言動は多くの女子が理想とするイケメンそのものなのに、イケメンと呼ばれることに複雑な気持ちを抱いていて、可憐な乙女になりたいと思い悩んでいる――そんな可愛い人、どうしたって気になるじゃないですか。ずるいですよ」
「ず、ずるいって……」
 再び顔が猛烈に熱くなった。心臓が踊り出す。

「ぼくは先輩のことをもっとよく知りたいんです。だから、先輩。ぼくと付き合ってもらえませんか?」

 真剣な瞳で見つめられて、あやめは唖然とした。

 間抜け面を晒したまま五秒が経過しても、尚が「やっぱり冗談です」と言い出す気配はない。
 あやめは以前、男子に嘘の告白をされて大変に傷ついたことがあるが、尚はそんな酷いことはしない。
 彼とは知り合ったばかりだが、不思議と素直にそう信じられる。

 夢でも見ているのかと思うが、手のひらに爪を立ててみるとちゃんと痛い。
 これは紛れもなく現実だ。

「……ええと……あの……その……わ、私はまだよく姫野くんのことをよく知らないし……もちろん好きか嫌いかの二者択一ならば迷いなく好きと言えるのだが、特別に好きかと言われると、申し訳ないが、自信がないんだ」
 嘘偽りのない正直な気持ちを吐き出し、あやめは俯いた。

 我ながらもったいないことをしているとは思う。
 彼ほどの良い男性はそうそういない。
 尚はこれまで出会ってきた男性の中でも最上級、間違いなく一番だ。
 それでも、こんな中途半端な気持ちで応じるのは、彼に失礼だ。

「いいですよ、それでも。付き合っていくうちにぼくのことを知っていってもらえば良いんですから。そうですね、まずは彼氏彼女なんて堅苦しいことは考えず、とりあえず一か月間、お試し期間ということでどうでしょう?」
「お試し期間?」
「はい。先輩が嫌がるようなことはしないと約束しますので、一か月、仮の彼女としてぼくと付き合ってくれませんか。いつカップルを解消するかは先輩の自由です。フラれた場合は付きまとったりせず、潔く諦めますのでご安心ください」
 尚は柔らかく微笑んだ。
 包容力のある笑みに絆されそうになるのを堪えつつ、言う。 

「……しかし、その……」
「なんです?」
 尚が不思議そうな顔をする。
 煮え切らない態度ばかり取るあやめに、いい加減に焦れて怒ってもよさそうなものだが、尚はあやめの言葉に真摯に耳を傾けてくれている。それが嬉しかった。

「私のほうが背が高いし、腕っぷしも強いと思うんだが……それでも良いだろうか」
 あやめは胸の前で人差し指を合わせ、もじもじしながら言った。

 これではまるで本当に乙女ではないか。
 似合わない。普段の自分を知る人間が見ればきっと笑うだろう。

 でも。

「問題ないですよ。背なんてすぐ伸びますし、腕っぷしは多分、こう見えてぼくのほうが強いです。前に少し、武術を齧ってたので」
 尚は即答し、にっこり笑った。

「ああ、そうか。だから君は不良に絡まれても動じなかったのだな」
「はい。もし他に心配なことがあれば遠慮なく言ってください。努力で改善できることは改善します。先輩に相応しい男になってみせますから」

「……!!!」
 落雷を受けたかのような衝撃が全身に走った。

 ――少女漫画のような恋なんてありえない。男勝りの自分には似合わない。
 ずっとそう思っていたが、どうやら尚はそのハードルすら飛び越える気満々でいるらしい。
 いや、この笑顔を見る限り、そもそもハードルとすら思っていないようだ。

(……こだわっていたのは、コンプレックスの塊だったのは、自分か)
 あやめはふっと息を吐き、肩の力を抜いた。

(――よし。腹を括るぞ! 姫野くんは臆病な私に最大限譲歩してくれた!! ここまで言われてお断りしたら女が廃る!!)

「では、とりあえずお試しに、仮の彼女ということで……その。よ、よろしくお願いします」
 あやめは背筋を伸ばし、深々と頭を下げた。

「いえいえこちらこそよろしくお願いします」
 尚はあやめと全く同じ行動を取った。
 そして同時に顔を上げる。
 そのタイミングがあまりにもぴったりだったので、あやめも尚もつい噴き出して笑い合った。

「カップル成立おめでとう」

 不意に美春の声が聞こえて、あやめと尚は弾かれたように廊下を見た。
 廊下には笑顔の美春が立っていた。
 猫と戯れていた証拠に、彼女の服には猫の毛がついている。

「!!!? い、いつから聞いて……!」
 あやめは顔を真っ赤にして慌てふためいた。
 尚も少々気まずそうだ。

「湖城さんが『軽々しく人を褒めるものではない!』って叫んだ辺りから。茶太郎はびっくりして目を真ん丸にするし、何事かと思ってつい、聞き耳を立てちゃった」

(あああ。茶太郎くんに悪いことをしてしまった)
 反省している間に美春はリビングに入ってきて、再び尚の隣に座った。

「まさか二人がカップルになるなんてねえ。気を利かせて大正解だった」
 うんうん、と一人頷く美春。

「い、いや、カップルと言っても仮だからな!? この先どうなるかはわからないからな!? 姫野くんが私に愛想を尽かして案外すぐに破局するかもしれないし――」
「それはないですよ、先輩。可能性の話をするなら、先輩がぼくに愛想を尽かす確率のほうが遥かに高いです。いまのところ、ぼくは先輩に興味津々、有り体に言って夢中なので」
「!!!??」
 ニッコリ微笑まれて、危うく心臓が爆発するかと思った。

「わあ、尚くんって意外と積極的だったんだねえ。お姉ちゃん知らなかったよ。そうだ、二人ともライン交換したら? わたしともライン交換しようよ、湖城さん」
 美春は床に置きっぱなしだった自分の携帯を取り上げて言った。
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