イケメン少女と子犬王子

05:帰宅後の身悶え

 ラインを交換した後、私服に着替えた尚は自転車のかごにあやめの荷物を入れてわざわざ家まで送り届けてくれた。

「ただいま」
「お帰りー」
 住宅街の一角にある湖城家の扉を開けると、リビングのほうから母の声が聞こえた。
 玄関にいったん荷物を置いてからローファーを脱ぎ、改めて両手に荷物を持って廊下を進む。

 開けっ放しの扉からリビングに入ると、キッチンに料理中の母がいた。
 玄関先から漂っていた匂いからして、今日の夕食はカレーらしい。

「ありがと。重かったでしょ。お疲れ様」
 エプロン姿の母は火をかけた鍋から離れ、近づいてきた。
 あやめの手からビニール袋を取り上げ、中身を見て不思議そうな顔をする。

「あれ、砂糖が二つある。レジに二回並んだの?」
「いや、買い物に付き合ってくれた人がいたんだ。着替えてくる」
 あやめは手の中に一つだけ残った学生鞄を持ち直し、二階へと向かった。
 階段を上って自室の扉を開け、後ろ手に扉を閉め――そこで大きく息を吐く。

(ぬわあああああ……!!)
 背中を扉に預けたままズルズルとへたり込み、両手で顔を覆う。

(なんという日だ! 全く、今日はなんという一日なのだ!! 人は誰しも、 人生に三度『モテ期』なるものがあると聞くが、もしかして今日がそれか!? それなのか!? いや、こんなことがあと二度もあって堪るものか!! 心臓がもたん!!)

 ――あやめの花言葉は情熱。名は体を表すと言いますが、あやめのように凛と美しく、正義感に溢れ、情に厚い先輩にはぴったりな名前だと思います。
 ――無理に自分を変えようとしなくても良いんじゃないでしょうか。いまのままで十分に魅力的なんですから。

 尚の言葉が次々と花開くように蘇る。

(ああああああ!! 止まれ、ストップ!! 私にそういうのは似合わないってぇぇ!!)
 堪らなくなり、あやめは制服姿のままベッドに駆け寄ってダイブした。

 ――いまのところ、ぼくは先輩に興味津々、有り体に言って夢中なので。

(だから止まれ、私の思考回路!! 勝手に思い出を再生するな!! なんでこんなことになったんだ!? お試しカップルって、本気か!? 本気なのか!? 本当に私が姫野くんの彼女役を演じていいのか!? 彼ならば引く手あまた、彼女になりたいと願う女子は山ほどいるだろうに、なんで私!? 私は一年男子の間で『メスゴリラ』と呼ばれているのではなかったのか!? それともそう呼んでいるのはごく一部の男子だけだったのか!? 私に夢中ってなんだ!?)
 愛用しているイルカの抱き枕を抱いて身悶える。

(というか彼女って具体的に何をすればいいんだ? 彼氏いない歴=年齢の私には彼女役としてどう振る舞えばいいのか、どうすべきかさっぱりわからないぞ? 明日もし学校で姫野くんと会ったらなんと言えばいいのだ? 昨日見た映画みたいに『ハローダーリン、今日も愛してるわ』とにっこり笑えばいいのか? いやいやいやいやないっ、ないぞ!! 落ち着け!! 誰だそれ!? キャラ崩壊にも程がある!! そんな姿見られたら周りの人間は引くこと間違いなしだ!! 『駒池の三大イケメン』の称号は即刻取り消し、姫野くんにもきっと幻滅されてしまう!!)
 イルカが変形するほど強く抱きしめ、あやめはバタバタと足を動かした。

(――いや、むしろ幻滅されたほうが良いのでは?)
 はたと気づいて全身の動きを止める。

(姫野くんが私を好きとかいうのは恐らく一時の気の迷いだ。彼にはもっと相応しい女子がいるはずだ。明日学校に行って、私より遥かに魅力的な女子たちに囲まれればきっと彼の目も覚めるだろう。一晩寝れば冷静になり、メスゴリラに血迷ったことを後悔し、近いうちに『やっぱり別れてください』と言い出すのでは?)
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