イケメン少女と子犬王子
(でも、階段から落ちそうになっていたあの子のように、女子高生ライフを満喫している子が実在することもまた事実なんだよな。インスタでも高校生カップルの幸せそうな写真が溢れているし……)
放課後。
スーパーまでの道を歩きながら、あやめは肩を落とした。
帰宅する前に、家とは違う方向にあるスーパーでみりんと砂糖を買うように母から頼まれている。
駒池市は駅前だけがそれなりに栄えているだけの田舎だ。
小学生のときに都会から引っ越してきたあやめはビルの少なさに衝撃を受け、半分近くが閉まっている寂れた商店街にも驚いた。
けれど、住めば都とはよくいったもので、いまは友達もできたし、この町にもすっかり馴染んでいる。
(そうだ。スーパーに行くついでに、本屋も覗こう)
雑誌を固く縛っているコンビニとは違い、スーパーの近くにある本屋では『月刊カノン』の立ち読みができる。
あやめのお気に入りの漫画家が今月号から連載を始めた。
コミックス派のあやめはコミックが出るまでの楽しみにするつもりだったが、やはり読んでみよう。
(星詠うらら先生の描く素敵な恋物語で、リア充少女にいたく傷つけられた自尊心を癒してもらおう)
現実には少女漫画のようなことは起こらない。
そんなことは重々承知の上だが、だからこそ、本を読んでいる間は現実を忘れて没頭したい。
多分、誰もが本に癒しと夢を求めている。
あるいは胸躍るような冒険を。あるいは手に汗握るサスペンスや残酷なホラーを。あるいは情熱的な恋物語を――。
「おい、いいから脱げって言ってんだよ。マッパで土下座すりゃ許してやるっつってんだろ」
(は?)
通りすがりの人々の足音や雑談の声を雑音として処理していた耳が、とんでもない台詞を拾い上げた。
マッパというのは、つまり裸になれと強要しているのか?
「男同士なんだからいいだろー? 恥ずかしがることねえじゃん。何、お前、北高《きたこう》で番張ってるヤシロさんに逆らう気? どうなるかわかってんの?」
さっきとは違う声が、揶揄を含んで追随する。
「なんとか言えよ、この女男」
(男同士? 女男? なんだ? 何事だ?)
あやめは大急ぎで周囲を見回した。
現場は住宅街、車がすれ違うのがぎりぎりといった狭い直線道路。
左側にはアパートの駐車場、右側に隣接しているのは寂れた児童公園。
入り口に立てられた看板は腐食が進み、かろうじて読めるのは最後の『童公園』の三文字だけ。
朽ちたブランコ、滑り台、バネのついた乗り物、雑草が生い茂る広場。
素早く視線を走らせるが、そこには誰もいない。
ならばと視線を転じた先――公園の端、誰も使いたくないであろう薄汚れたトイレの傍に、四人の男子高生がいた。
正確を記すなら、一人対三人、というべきか。
隅に追い詰められ、トイレと並行して立っているのが一人。
彼は同じ駒池高校の学ランを着ていた。
あとの三人は他校の学ラン姿で、彼の逃げ道を塞いで並んでいた。
追い詰められた駒池の男子と対峙し、三人の真ん中にいる大柄で小太りの男がグループのリーダーなのだろう。
脱色した髪。着崩した学ラン、胸には三連髑髏のシルバーアクセサリー。
ベルトを不必要に緩め、だらしなく下げたスラックスの裾は地面についている。
踵を潰したスニーカーは何年洗っていないのかと思えるほど汚い。
おまけに彼はくちゃくちゃと音を鳴らしてガムを噛んでいた。
不良の見本のような男である。
両脇を固める男もそれぞれ奇抜な格好と髪型をしていた。
けれど、あやめの目を強烈に惹きつけたのは彼らではなく、追い詰められている少年だった。
非現実的なまでに整った美貌。
風に揺れる亜麻色の艶やかな髪に、同じ色の大きな目。
親が成長を考慮したのか、身にまとう駒池の学ランはゆったりしたサイズで、袖から華奢な指先が覗いている。
靴は不良と同じくスニーカーだが、ほとんど新品らしく目立つような汚れもない。
お世辞にも美形とは言いがたい三人組といるからこそ、彼の清潔感と、内側から滲み出るような美しさが強調されて見える。
(……なんで学ランを着ているんだ?)
彼がセーラー服ではなく学ランに身を包んでいることに、酷い違和感を覚えた。
女男、と不良に揶揄されるのもわかる。
彼はあまりにも可憐すぎた。
男性と女性では骨格そのものから違うため、落ち着いて見れば彼が男子だとわかるのだが、あやめはひと目見た瞬間、美少女が男装しているのではないかと半ば本気で疑ってしまった。
「嫌です。何故裸にならなきゃいけないんですか」
気丈に言い返す美少年を見て、あやめは軽く目を見張った。
美少年は眉尻を下げている。
自分よりも遥かに体格の良い男子三人組に囲まれ、困ったという顔をしている。
だが、彼は臆することなく、自分より頭一つ分近く高いリーダー格の男子の目をまっすぐに見つめ返していた。
華奢な見かけに反して、強靭な精神力の持ち主のようだ。
「テメエが俺らのナンパを邪魔したからだろうが!」
「邪魔をしたつもりはありません。あの子は嫌がってたじゃないですか」
彼は正々堂々と、真っ向から言い返した。
どうやら三人組に絡まれていた女子を助けたことで不興を買い、あんなところに連れ込まれ、全裸での土下座を強制されそうになっているようだ。
誰がどう聞いても無茶苦茶で理不尽、悪いのはあの三人組である。
放課後。
スーパーまでの道を歩きながら、あやめは肩を落とした。
帰宅する前に、家とは違う方向にあるスーパーでみりんと砂糖を買うように母から頼まれている。
駒池市は駅前だけがそれなりに栄えているだけの田舎だ。
小学生のときに都会から引っ越してきたあやめはビルの少なさに衝撃を受け、半分近くが閉まっている寂れた商店街にも驚いた。
けれど、住めば都とはよくいったもので、いまは友達もできたし、この町にもすっかり馴染んでいる。
(そうだ。スーパーに行くついでに、本屋も覗こう)
雑誌を固く縛っているコンビニとは違い、スーパーの近くにある本屋では『月刊カノン』の立ち読みができる。
あやめのお気に入りの漫画家が今月号から連載を始めた。
コミックス派のあやめはコミックが出るまでの楽しみにするつもりだったが、やはり読んでみよう。
(星詠うらら先生の描く素敵な恋物語で、リア充少女にいたく傷つけられた自尊心を癒してもらおう)
現実には少女漫画のようなことは起こらない。
そんなことは重々承知の上だが、だからこそ、本を読んでいる間は現実を忘れて没頭したい。
多分、誰もが本に癒しと夢を求めている。
あるいは胸躍るような冒険を。あるいは手に汗握るサスペンスや残酷なホラーを。あるいは情熱的な恋物語を――。
「おい、いいから脱げって言ってんだよ。マッパで土下座すりゃ許してやるっつってんだろ」
(は?)
通りすがりの人々の足音や雑談の声を雑音として処理していた耳が、とんでもない台詞を拾い上げた。
マッパというのは、つまり裸になれと強要しているのか?
「男同士なんだからいいだろー? 恥ずかしがることねえじゃん。何、お前、北高《きたこう》で番張ってるヤシロさんに逆らう気? どうなるかわかってんの?」
さっきとは違う声が、揶揄を含んで追随する。
「なんとか言えよ、この女男」
(男同士? 女男? なんだ? 何事だ?)
あやめは大急ぎで周囲を見回した。
現場は住宅街、車がすれ違うのがぎりぎりといった狭い直線道路。
左側にはアパートの駐車場、右側に隣接しているのは寂れた児童公園。
入り口に立てられた看板は腐食が進み、かろうじて読めるのは最後の『童公園』の三文字だけ。
朽ちたブランコ、滑り台、バネのついた乗り物、雑草が生い茂る広場。
素早く視線を走らせるが、そこには誰もいない。
ならばと視線を転じた先――公園の端、誰も使いたくないであろう薄汚れたトイレの傍に、四人の男子高生がいた。
正確を記すなら、一人対三人、というべきか。
隅に追い詰められ、トイレと並行して立っているのが一人。
彼は同じ駒池高校の学ランを着ていた。
あとの三人は他校の学ラン姿で、彼の逃げ道を塞いで並んでいた。
追い詰められた駒池の男子と対峙し、三人の真ん中にいる大柄で小太りの男がグループのリーダーなのだろう。
脱色した髪。着崩した学ラン、胸には三連髑髏のシルバーアクセサリー。
ベルトを不必要に緩め、だらしなく下げたスラックスの裾は地面についている。
踵を潰したスニーカーは何年洗っていないのかと思えるほど汚い。
おまけに彼はくちゃくちゃと音を鳴らしてガムを噛んでいた。
不良の見本のような男である。
両脇を固める男もそれぞれ奇抜な格好と髪型をしていた。
けれど、あやめの目を強烈に惹きつけたのは彼らではなく、追い詰められている少年だった。
非現実的なまでに整った美貌。
風に揺れる亜麻色の艶やかな髪に、同じ色の大きな目。
親が成長を考慮したのか、身にまとう駒池の学ランはゆったりしたサイズで、袖から華奢な指先が覗いている。
靴は不良と同じくスニーカーだが、ほとんど新品らしく目立つような汚れもない。
お世辞にも美形とは言いがたい三人組といるからこそ、彼の清潔感と、内側から滲み出るような美しさが強調されて見える。
(……なんで学ランを着ているんだ?)
彼がセーラー服ではなく学ランに身を包んでいることに、酷い違和感を覚えた。
女男、と不良に揶揄されるのもわかる。
彼はあまりにも可憐すぎた。
男性と女性では骨格そのものから違うため、落ち着いて見れば彼が男子だとわかるのだが、あやめはひと目見た瞬間、美少女が男装しているのではないかと半ば本気で疑ってしまった。
「嫌です。何故裸にならなきゃいけないんですか」
気丈に言い返す美少年を見て、あやめは軽く目を見張った。
美少年は眉尻を下げている。
自分よりも遥かに体格の良い男子三人組に囲まれ、困ったという顔をしている。
だが、彼は臆することなく、自分より頭一つ分近く高いリーダー格の男子の目をまっすぐに見つめ返していた。
華奢な見かけに反して、強靭な精神力の持ち主のようだ。
「テメエが俺らのナンパを邪魔したからだろうが!」
「邪魔をしたつもりはありません。あの子は嫌がってたじゃないですか」
彼は正々堂々と、真っ向から言い返した。
どうやら三人組に絡まれていた女子を助けたことで不興を買い、あんなところに連れ込まれ、全裸での土下座を強制されそうになっているようだ。
誰がどう聞いても無茶苦茶で理不尽、悪いのはあの三人組である。