ひねくれ王子は私に夢中

偽彼女

「はい、これ。約束のケーキ」

 昼休憩開始から十五分後。
 喧噪に包まれ、様々な音と匂いが立ち込める食堂の二階で、沙良は秀司の前に手作りケーキが入った箱を置いた。

 教室で渡すとクラスメイトたちがやたら見てくるため、ケーキを渡す日はいつも持ち込み可能な食堂を利用し、秀司と共に昼食を摂るのが恒例となっていた。

「ありがと。お返しにこちらをどうぞ」
 秀司は有名洋菓子店のシールが貼られた白い箱を沙良の前に置いた。

 テスト後のお菓子交換はもはやお約束と化している。
 二回連続でテストに負け、ケーキを渡した日に「貰ってばっかりなのも悪いから」と有名店のケーキをくれたのが最初。

 それからずっと、沙良がケーキを作って渡す度に、秀司はお返しと言っては様々なお菓子をプレゼントしてくれた。

「……ありがとう」
 テストで負けた人がケーキを渡すのは二人の間のルールであって、秀司が気を遣う必要はないのだが、お返しを楽しみにしている自分がいるのは本当なので何も言えない。

「開けてもいい?」
「もちろん」
 開けてみると、シャインマスカットと栗のタルトが入っていた。
 どちらも見ているだけで涎が出そうな逸品だ。

「わあ。これって二つとも期間限定のやつでしょ? 半年前から予約してないと手に入らないって聞いたけど」
「うん。だから勝つことを見越して予約しといた」
 秀司は笑ってケーキの箱を開けた。

「これはまた……凄いな。ケーキ屋のショーケースに陳列されてても違和感ないよ。将来パティシエになれるんじゃない?」
 沙良お手製のチョコレートケーキを見下ろして、秀司は感嘆している。

「それほどでもないけど……いただきます」
 だらしなく緩もうとする頬の筋肉と戦いつつ、沙良は顔を伏せてフォークを手に取った。「いただきます」
 秀司もまたフォークを手に取り、ケーキを食べ始めた。
 祈るような心地で一連の動作を見守っていると、秀司はやがてケーキを嚥下し、破顔した。

「うん、美味しい。本当に腕を上げたな。最初に作ってくれたホイップケーキはいかにも『素人が頑張りました』って感じだったのに、いまやプロの領域じゃん。さすが、一年以上もケーキを作ってるだけある。卒業までこのケーキが食べられると思うと楽しみだな」

 さっきより大きくケーキを切り取って、秀司は再び頬張った。
 その表情は幸せそうで、作った甲斐があるというものだ。だが。

「聞き捨てならないわね。この先も負ける気ゼロってこと?」
「当然。何度だろうと受けて立つよ?」
 挑戦的な笑みにカチンときて、沙良は目を眇めた。
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