ひねくれ王子は私に夢中
 雨上がりの空と中庭を背景にしてテーブルの向かいに座り、ごく自然体でケーキを頬張る秀司を見ていると、なんだか不思議な気分になる。

 入学式当時の彼は沙良に無関心で、クラスメイトだというのに沙良の苗字すら覚えていない有様だった。

 それがいまはこうして向かい合ってケーキを食べる仲にまで発展したのだから、あのとき行動したのは間違ってなかったと思う。

 沙良がアクションを起こさなければ、きっとこんな未来も訪れなかった。

 幸せな気分で二個目のタルトを食べていた沙良は、秀司の視線に気づいて手を止めた。

「……何?」
 ケーキを食べ終えて手持ち無沙汰なのかもしれないが、イケメンに真正面から見つめられると反応に困ってしまう。

「さっき教室で魂が抜けてた人とは別人みたいだなと思って」
「! ちょっと、またその話? 何回蒸し返せば気が済むのよ」
 みるみるうちに沙良の頬は紅潮した。

 昼食を食べている間も散々ネタにされたのだから、もういい加減に勘弁してほしい。

「蒸し返したくもなるでしょ。俺に彼女がいるって嘘情報を信じてショックを受けるってことは、少しは俺に気があるのかなって期待しちゃうじゃん」

「な、なななな。きき、期待って――何言ってるのよ。それじゃまるで、不破くんが、私に好かれたいって思ってるみたいじゃない。変なこと言わないで」

 沙良はみっともないほどに動揺しながらコップを掴み、中身のカフェラテを一気飲みした。

「大体ね、勘違いしないでよ。私が、不破くんに、気があるなんて! まさか、そんなこと、あるわけないじゃないの。そうよ、天地がひっくり返ったってないわ!」
 この話題は終わり! と言わんばかりに、どん! と音を立ててコップをテーブルに置く。

(ああああ。だから、なんで私は可愛くないことしか言えないの……)

 嘆きつつも原因はわかっている。
 自信がないからだ。

『自分なんかが愛されるわけがない』と予防線を張ってしまっているからだ。

(こんな面倒くさい女、嫌われて当然よね……)
 口元を結んでいると、秀司は眉尻を下げ、ことさら残念そうな顔をした。

「そうか。俺は委員長に嫌われてたのか……」

「うっ」
 あからさまに悲しそうな顔をされると、良心がズキズキ痛む。

「い、いやその……嫌いっていうわけじゃないわよ? いまのはその、あの、なんていうか……」
 うまい言い訳が思い浮かばず、目を泳がせる。

「いいよ、無理しなくて。実は委員長に頼みたいことがあったんだけど、俺が嫌いなら仕方ない。他の子に頼むことにする」
 悲しげな表情のまま秀司は笑った。

「待って。頼みたいことって何?」
 どうにも気になって、沙良は上体を秀司のほうに寄せた。

「文化祭が終わるまでの偽《ニセ》彼女役」
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