ひねくれ王子は私に夢中
「………………偽彼女?」
 握力を失った手からフォークが落ち、軽い金属音を立ててテーブルに倒れる。

「そう。偽彼女」
 固まっている沙良を興味深そうに眺めつつ、秀司は語り始めた。

「そもそも彼女がいるって嘘ついたのは、毎日のように学校帰りに待ち伏せしてくる他校の女子の告白を断るためだったんだよ。夏休みに偶然電車で俺を見かけて一目惚れしたとかで、何回断ってもしつこくてさ。こう言うと自慢に聞こえるかもしれないけど、イケメンって大変なんだよね。ストーカー被害も受けたし、面倒なトラブルにも巻き込まれたし」
 秀司は肩を竦め、ブラックのアイスコーヒーを一口飲んだ。

 入学当時、秀司が沙良を含めた女子全員に冷たかった理由がわかった気がした。

 恐らく秀司は善意と愛想を振りまいたせいで酷い目に遭ったことがあるのだ。

 中学一年・二年とも彼と同じクラスだった歩美も証言していた。
 中学時代の秀司は優しくて、皆のアイドルだった。
 だから高校に進学してまた同じクラスになったときは驚いた、まるで別人みたいだった――と。

「委員長が呆けてたとき、俺は他のクラスの女子に『文化祭一緒に回らないか』って誘われてたんだ。文化祭が近づくにつれてそういうお誘いも増えてくるだろうし、なんかもういちいち口実を作って断るのも面倒くさいから、期間限定の偽彼女を作ることにした。委員長なら困ってるクラスメイトの頼みを快く引き受けてくれるかなって思ったけど、現実はそんなにうまくはいかないよな。俺が嫌いなら無理にとは言えないし――」

「ねえ、ちょっと待って」
 焦燥に駆られて呼びかけると、秀司は口を閉ざしてこちらを見た。

「私がダメなら他の子に頼むって言ってたわよね。参考までに聞きたいんだけど、その、具体的に――誰に頼むつもり?」
 自分でも一体何の参考にするつもりなのか意味不明なのだが、どうしても聞き出したくて沙良は必死だった。

「んー。姫宮さんとか?」
「!!」
 同じクラスの姫宮美琴は黒髪ロングの正統派美少女であり、性格も温和で優しい。

 偽彼女として交流していくうちに本当のカップルとして成立してしまう可能性は十分にあった。

(え。これやばくない? やばいって。やばいやばいやばいやばい……)
 激しい動揺により思考力が低下し、語彙力が消失した結果、『やばい』しか出てこない。

(どどどどうしよ。いや別にカップルが成立したって私には何の関係も――いや、何馬鹿なこと言ってるの、関係大ありでしょ。カップルになったら彼女に配慮して私とこうして二人だけでお菓子を食べることもなくなるよね? 最悪、付き合い自体断ち切られるかも――嫌だ。そんなの嫌だ!)

「――ええと」
 沙良は咳払いをし、後ろ髪を払った。

「不破くんは誰とも付き合う気がないのにモテて困ってるのよね。困ってるクラスメイトを助けるのは委員長としての義務だし、そういうことなら仕方ないわ。不本意ながら私が偽彼女役をやっても――」
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