ひねくれ王子は私に夢中
前日の夜は興奮して眠れなかった。
眠れないままに起床し、身支度を整えた現在、沙良は長い髪に紺色のリボンを結び、小花模様のワンピースを着ている。
スカートだと意識しすぎだろうか、いやでもズボンだと味気なくてガッカリされるかも……と、実に三時間も悩んだ末、中学生の妹の梨沙《りさ》に事情を打ち明け、服の選定を頼んだ結果である。
腰の部分に紺色のリボンを結び、胸元と袖口をきゅっと絞ったデザインのワンピースは可愛らしく、これはちょっと狙いすぎではないかと梨沙に言ったら「デートで狙わなくてどうすんの」と呆れられた。
ちなみに梨沙は秀司の大ファンである。
高校一年のときに写真を見せたら一瞬でファンになった。さすが自分の妹だ。
「おねーちゃーん?」
トントン。
部屋の扉がノックされた。
「何?」
鏡にくっつけていた額を離して胸を張り、指で眼鏡を押し上げ、いかにも「何も思い悩んでなどいませんでした。デートの準備は万全です」という顔を作って、部屋の扉を開けた梨沙を迎える。
「秀司さんとの待ち合わせ、十一時でしょ? 大丈夫なの? もう十時過ぎてるけど、予定変更になった? だったらいいんだけどさ」
襟が伸びたよれよれのTシャツに短パンという、休日ならではのだらけ切った格好の梨沙は首を掻きながら言った。
「えっ?」
沙良は鏡の隣に置いていたスマホのホームボタンを押した。
午前十時八分。
表示された時刻を見て、顔面から一気に血の気が引いた。
沙良は埼玉の上尾に住んでいる。
自宅から上尾駅まで徒歩十五分。
上尾駅から渋谷駅まで電車で五十分。
そこからさらに秀司との待ち合わせ場所まで十分。
つまり――
(――完全に遅刻だ!!)
とっさに思い浮かんだのは、秀司の不機嫌な顔。
――初めてのデートで遅刻とかあり得ない。やっぱり偽彼女役は姫宮さんに頼むことにする。さよなら。
「――っきぃゃああああああ!!!」
沙良は盛大な悲鳴を上げた。
絞め殺された鶏の如き奇声に、梨沙がびくっと肩を震わせる。
(六時には起きてたのに何してんの私!? 鏡の前で三十分も思い悩んでたとか嘘でしょ馬鹿じゃないの!? あああどうしよう秀司ってきっちりしてて常に十分前行動だよね!? デートの今日は十五分前には待ってそうなのに遅刻とか! 遅刻とか!! やばいやばい愛想尽かされる!! いや待て大丈夫、落ち着け、まだ待ち合わせ時刻にはなってないから、連絡すれば間に合うなんとかうんきっと大丈夫のはず!!)
とにかく遅刻が確定した以上、速やかに報告と謝罪をしなければならない。
『ごめんちょっと遅れる』
光の速さで文字を打ち込み、ラインを送る。
(出来る限り急いで行かなければ!!)
沙良は右手にスマホを握り締め、左手で鞄を引っ掴み、部屋を飛び出した。
「あんまり急ぐとあぶな――」
梨沙の忠告は遅きに失した。
焦る気持ちに身体がついていかず、沙良は階段を踏み外し、ほとんど最上段から派手に転げ落ちたのだった。
眠れないままに起床し、身支度を整えた現在、沙良は長い髪に紺色のリボンを結び、小花模様のワンピースを着ている。
スカートだと意識しすぎだろうか、いやでもズボンだと味気なくてガッカリされるかも……と、実に三時間も悩んだ末、中学生の妹の梨沙《りさ》に事情を打ち明け、服の選定を頼んだ結果である。
腰の部分に紺色のリボンを結び、胸元と袖口をきゅっと絞ったデザインのワンピースは可愛らしく、これはちょっと狙いすぎではないかと梨沙に言ったら「デートで狙わなくてどうすんの」と呆れられた。
ちなみに梨沙は秀司の大ファンである。
高校一年のときに写真を見せたら一瞬でファンになった。さすが自分の妹だ。
「おねーちゃーん?」
トントン。
部屋の扉がノックされた。
「何?」
鏡にくっつけていた額を離して胸を張り、指で眼鏡を押し上げ、いかにも「何も思い悩んでなどいませんでした。デートの準備は万全です」という顔を作って、部屋の扉を開けた梨沙を迎える。
「秀司さんとの待ち合わせ、十一時でしょ? 大丈夫なの? もう十時過ぎてるけど、予定変更になった? だったらいいんだけどさ」
襟が伸びたよれよれのTシャツに短パンという、休日ならではのだらけ切った格好の梨沙は首を掻きながら言った。
「えっ?」
沙良は鏡の隣に置いていたスマホのホームボタンを押した。
午前十時八分。
表示された時刻を見て、顔面から一気に血の気が引いた。
沙良は埼玉の上尾に住んでいる。
自宅から上尾駅まで徒歩十五分。
上尾駅から渋谷駅まで電車で五十分。
そこからさらに秀司との待ち合わせ場所まで十分。
つまり――
(――完全に遅刻だ!!)
とっさに思い浮かんだのは、秀司の不機嫌な顔。
――初めてのデートで遅刻とかあり得ない。やっぱり偽彼女役は姫宮さんに頼むことにする。さよなら。
「――っきぃゃああああああ!!!」
沙良は盛大な悲鳴を上げた。
絞め殺された鶏の如き奇声に、梨沙がびくっと肩を震わせる。
(六時には起きてたのに何してんの私!? 鏡の前で三十分も思い悩んでたとか嘘でしょ馬鹿じゃないの!? あああどうしよう秀司ってきっちりしてて常に十分前行動だよね!? デートの今日は十五分前には待ってそうなのに遅刻とか! 遅刻とか!! やばいやばい愛想尽かされる!! いや待て大丈夫、落ち着け、まだ待ち合わせ時刻にはなってないから、連絡すれば間に合うなんとかうんきっと大丈夫のはず!!)
とにかく遅刻が確定した以上、速やかに報告と謝罪をしなければならない。
『ごめんちょっと遅れる』
光の速さで文字を打ち込み、ラインを送る。
(出来る限り急いで行かなければ!!)
沙良は右手にスマホを握り締め、左手で鞄を引っ掴み、部屋を飛び出した。
「あんまり急ぐとあぶな――」
梨沙の忠告は遅きに失した。
焦る気持ちに身体がついていかず、沙良は階段を踏み外し、ほとんど最上段から派手に転げ落ちたのだった。