ひねくれ王子は私に夢中
「にいんちょも凄いよねえ。あのパーフェクトヒューマンにいまだ一人果敢に挑み続けてるんだもの。あたし、本当に凄いと思う。普通の人ならとっくに心が折れてるよ。根本からぼっきり逝っちゃってるよ」
「うんうん。どれだけ負けても挫けない、その不屈の精神と根性には脱帽だよ。みんな、にいんちょに敬礼!」
「敬礼!」
「ガンバ、にいんちょ!」
「負けるな、にいんちょ!」
「Hang in there, Sara! Everything is gonna be all right!」
「キャー、里帆カッコイー!」
「さすが外交官の娘、素晴らしい発音!」
歩美たちは仲間内だけで盛り上がり、笑っている。
(他人事だと思って……)
黒縁眼鏡をかけた沙良のツリ目がちの瞳には悔し涙が浮かんでいたりする。
歩美たちは傍観者として楽しんでいるようだが、当事者である沙良にとって事態は深刻なのだ。
(今回こそはいけたと思ったのに……だって、500点満点中485点よ? 3位の人は462点よ? 20点以上も開きがあるのよ? なのになんで不破くんは一人だけ497点なんて化け物じみた点数取ってるの? 今回こそは勝てると、勝ったと思ったのに――)
感情を抑えきれず、両手のひらに爪を立てていたそのとき。
ぽん、と。
不意に背後から左肩を叩かれて、沙良の思考回路は停止した。
掲示板前にいた女子たちは一様にお喋りを止め、とろけんばかりの眼差しで沙良の背後を見つめている。
「………………」
「あ、不破くん」
熱い視線の交差点にいるその人物の名前を歩美が呼んだ。
冷や汗が頬を流れるのを感じながら、恐る恐る振り返れば、左頬を指で突かれた。
クラスメイトにして天敵である不破秀司《ふわしゅうじ》は沙良が振り返るタイミングに合わせて肩に置いた指のうち、人差し指だけを伸ばしてきたらしい。
「いまどんな気持ち?」
低く透き通った声が沙良の鼓膜を震わせた。
「『次こそは絶対に勝つ! ぎゃふんと言わせてみせるから覚悟しなさい!』なーんて公衆の面前で啖呵切っておきながら負けるってどんな気持ち? ねえねえ、教えてよ」
長い指が頬をグリグリ押してくる。
爪は当たっていないし、充分に手加減されているため痛くはない。
決して痛くはないのだが。
「…………っ!!」
屈辱のあまり、沙良は涙目になってプルプル震えた。
「あれだけ自信たっぷりに言うからには500点取る気満々なんだろうなって思ってたのに。いざ蓋を開けてみれば、あれ? なんか委員長の名前の隣に485点とか書いてあるような気がするんだけど、目の錯覚かな?」
「う、うるさいわねっ! 500点満点なんて取れるわけないでしょ!?」
沙良は頬をグリグリしている秀司の指を掴んで引っぺがし、身を反転させて彼と向き合った。
(くう……なんでこの人はこんなに格好良いの)
眩暈を覚えてしまうほど、秀司は恐ろしく綺麗な顔立ちをしている。
窓から差し込む陽光を浴びて輝く切り揃えた短髪。
くっきりとした二重に長い睫毛、通った鼻筋。
女子が夢中になり、アイドルだの王子様だのと持て囃すのも当然だ。
他校の女子生徒が彼を待ち伏せする光景は、もはや珍しくもないただの日常だった。
「そう? 俺は数Ⅱ担当の加藤が『解法が気に入らない』なんて理由で減点しなきゃ500点満点だったよ」
衝撃の事実は沙良の頭を思い切りぶん殴った。
(全教科満点……だと? 大学入試問題レベルの難問だってあったのに?)
「うんうん。どれだけ負けても挫けない、その不屈の精神と根性には脱帽だよ。みんな、にいんちょに敬礼!」
「敬礼!」
「ガンバ、にいんちょ!」
「負けるな、にいんちょ!」
「Hang in there, Sara! Everything is gonna be all right!」
「キャー、里帆カッコイー!」
「さすが外交官の娘、素晴らしい発音!」
歩美たちは仲間内だけで盛り上がり、笑っている。
(他人事だと思って……)
黒縁眼鏡をかけた沙良のツリ目がちの瞳には悔し涙が浮かんでいたりする。
歩美たちは傍観者として楽しんでいるようだが、当事者である沙良にとって事態は深刻なのだ。
(今回こそはいけたと思ったのに……だって、500点満点中485点よ? 3位の人は462点よ? 20点以上も開きがあるのよ? なのになんで不破くんは一人だけ497点なんて化け物じみた点数取ってるの? 今回こそは勝てると、勝ったと思ったのに――)
感情を抑えきれず、両手のひらに爪を立てていたそのとき。
ぽん、と。
不意に背後から左肩を叩かれて、沙良の思考回路は停止した。
掲示板前にいた女子たちは一様にお喋りを止め、とろけんばかりの眼差しで沙良の背後を見つめている。
「………………」
「あ、不破くん」
熱い視線の交差点にいるその人物の名前を歩美が呼んだ。
冷や汗が頬を流れるのを感じながら、恐る恐る振り返れば、左頬を指で突かれた。
クラスメイトにして天敵である不破秀司《ふわしゅうじ》は沙良が振り返るタイミングに合わせて肩に置いた指のうち、人差し指だけを伸ばしてきたらしい。
「いまどんな気持ち?」
低く透き通った声が沙良の鼓膜を震わせた。
「『次こそは絶対に勝つ! ぎゃふんと言わせてみせるから覚悟しなさい!』なーんて公衆の面前で啖呵切っておきながら負けるってどんな気持ち? ねえねえ、教えてよ」
長い指が頬をグリグリ押してくる。
爪は当たっていないし、充分に手加減されているため痛くはない。
決して痛くはないのだが。
「…………っ!!」
屈辱のあまり、沙良は涙目になってプルプル震えた。
「あれだけ自信たっぷりに言うからには500点取る気満々なんだろうなって思ってたのに。いざ蓋を開けてみれば、あれ? なんか委員長の名前の隣に485点とか書いてあるような気がするんだけど、目の錯覚かな?」
「う、うるさいわねっ! 500点満点なんて取れるわけないでしょ!?」
沙良は頬をグリグリしている秀司の指を掴んで引っぺがし、身を反転させて彼と向き合った。
(くう……なんでこの人はこんなに格好良いの)
眩暈を覚えてしまうほど、秀司は恐ろしく綺麗な顔立ちをしている。
窓から差し込む陽光を浴びて輝く切り揃えた短髪。
くっきりとした二重に長い睫毛、通った鼻筋。
女子が夢中になり、アイドルだの王子様だのと持て囃すのも当然だ。
他校の女子生徒が彼を待ち伏せする光景は、もはや珍しくもないただの日常だった。
「そう? 俺は数Ⅱ担当の加藤が『解法が気に入らない』なんて理由で減点しなきゃ500点満点だったよ」
衝撃の事実は沙良の頭を思い切りぶん殴った。
(全教科満点……だと? 大学入試問題レベルの難問だってあったのに?)