ひねくれ王子は私に夢中
「秀司。大事な彼女に恥をかかせたくはないだろ? 悪いことは言わないから諦めな」

「……そうだな。大和の言う通りだ。沙良はしょせん凡人だもんな……」
 秀司は神妙な顔になり、可哀想なものを見るような目で沙良に見つめた。

(『しょせん』凡人……?)
 ぴくりと頬が引き攣る。
 大和はただ思ったままを口にしているだけで、そこに悪意など全くなかったが、秀司は違う。

 一年半も付き合っているからわかる。
 秀司の言動はわざとだ。
 間違いなく秀司は沙良を怒らせるつもりで言っている。

「俺もダンスはほとんど素人だけど、三日もあればプロ級に仕上げる自信はあるよ。でも、沙良にそれを望むのは酷だよな。うん、俺が間違ってた。できないものはできないよな。テストでも俺に勝ったことないのに、ダンスでも俺と比較されて笑われるなんて嫌だよな。無茶なこと言って悪かった。心から謝るよ」

 秀司は長い睫毛を伏せ、いかにも申し訳なさそうな顔を作ってみせた。

(なんって白々しい……!!)
 沙良の中に生じた闘志の火は、いまや激昂の炎と化して燃え盛り、荒れ狂っている。

 あと少しの燃料を投下されれば爆発する、そのタイミングで秀司は言った。

「ほら、俺って天才だから。凡人の気持ちをいまいち理解できなかったみたいで――」

「――やってやるわよ!!」

 沙良は秀司の机をバシンと片手で叩いて叫んだ。

 大声にクラスメイトの注目がこちらに集まる中、大和は「え」と目を丸くし、山岸は「煽るのうまいなー」と大笑いしている。

「え、まさか踊る気なの? 怪我してるのに?」
「人を焚きつけといてわざとらしく驚いたふりするんじゃないわよ! 怪我が何よ! そもそも秀司が私の怪我を考慮しないわけがないわ! 練習時間がたった一週間しかなかったとしても、秀司は《《私なら出来ると思ったから》》ダンスに誘ったんでしょう!?」
「当然」
 秀司は唇の端を上げた。

 大和には端から無理だと決め付けられたが、秀司は沙良なら出来ると信じてくれた。

 それが無性に嬉しくて、知らずに沙良も笑っていた。

「たとえ何曲だろうと秀司は三日でマスターするんでしょう? だったら私だって三日でマスターしてみせるわよ。見てなさいよ。私のダンスが秀司と比べて見劣りするなんて言わせない。文句のつけようもないくらい、きっちりばっちり完璧に踊ってやるんだから!」
 宣言して机に置いた右手に体重を乗せ、軽く身を乗り出す。

「さあ、そうと決まれば打ち合わせをしましょう。放課後は空いてる? カフェにでも行かない? べ、別にカフェじゃなくてもどこでもいいんだけど……そのまま教室に居残ってもいいし……」
 もごもごと口の中で呟く。

(放課後に二人きり、なんて、デートみたいじゃない?)
 思い付きに沙良の心は弾んだ。が。

「ごめん。今日からしばらく放課後は用事があるんだ」
「……そう」
 勇気を出しての誘いはあっさり断られ、沙良はしゅんと項垂れた。
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