ひねくれ王子は私に夢中
「ボディビルダーやオリンピック選手も通う都内の会員制高級ジムよ。トレーナーにはIFBB選手だっているわ」
「IFBBって何?」
 沙良の質問に、瑠夏は呆れたような顔をした。

「『International Federation of Bodybuilding and Fitness』、国際ボディビルダーズ連盟よ。常識なのに、どうして知らないの? 十六年生きてきて一体何を学んできたの? 恥ずかしくないの?」
「そこまで言う!? 普通知らないよ!? 女子高生の九分九厘知らないと思うよ!? 一応私、これでも学年二位なんだけど!? IFBBなんて単語、英語のテストでも見たことないわ!」

「はあ……1946年に設立された世界で最も長い歴史を持つボディビル団体の名前を知らないなんて……なんて嘆かわしいの。もしかしてFWJも知らなかったりするのかしら。いい、FWJっていうのは――」
「秀司、それで!? そのナントカっていうジムがどうしたの!?」
 サイドテールを振り、勢い良く秀司に顔を向ける。

「このジムの経営者が母の友達なんだよね。俺が頼めば特別に見学できると思うけど、どう?」
 尋ねながらも、秀司の笑みは勝利を確信している者のそれだった。

「…………っ!?」
 果たして瑠夏は電撃でも喰らったかのように大きく身体を震わせた。

「……見学、ですって? はちきれんばかりの大胸筋……大根をすり下ろしたくなるような腹斜筋、仕上がった僧帽筋や三角筋を間近で……やだ……どうしましょう」

 瑠夏は両手で頬を挟んでおろおろしている。
 彼女とは中学からの付き合いだが、これほど動揺する瑠夏を沙良は初めて見た。

「そうそう。内緒だけど、猪熊《いのくま》選手や斎藤選手も通ってるらしいよ」

「猪熊選手がいるの!?」
 瑠夏はこれまた初めて聞くほどの大声を出し、目を宝石のように輝かせた。

「見たい、見たいわ彼の素晴らしいヒッティングマッスル……!! 斎藤選手のサイドチェストにもキュンと来たけれど、あたしは猪熊選手のバックダブルバイセップスにやられたの!!」
 身悶えするクールビューティーを見て、近くの生徒たちもぽかんとしている。

「改めて聞くけど。俺たちと一緒に踊ってくれる?」
 一人でひたすら喋り倒していた瑠夏が落ち着いたタイミングで、秀司は再びスマホの画面を彼女に向けた。

 表示されている写真はさきほどの男性とは違うが、彼もまたカメラ目線でポーズを決め、素晴らしい肉体美を堂々と見せつけている。

「なんでもするわ」
 瑠夏はうっとりとした眼差しでスマホを見つめ、頬を赤らめて頷いた。
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