ひねくれ王子は私に夢中

放課後の用事

 今日の放課後から本格的な文化祭準備が始まった。

 沙良たちのクラスのテーマは『妖怪喫茶』。
 教室を布や小物で和風に装飾し、妖怪のコスプレをした生徒が客にあんみつや抹茶パフェといった和スイーツを提供することになっている。

 数日前のホームルームで各自担当係を決めることになったとき、沙良は『装飾係』を希望し、その中の買い出し班になった。

 買い出し班なら材料を買ってくれば仕事は終わったようなもの。
 後は適宜他の人の作業を手伝えば良いだけで、今年の文化祭も目立たず穏便に過ごそう……と思っていたのだが。

(まさか最も目立つ接客係をする羽目になるとは……)
 上尾駅の東口から出て、氷川鍬神社前の通りを歩きながらため息をつく。

 腕を負傷したことで戦力外通告を出された沙良は装飾係を抜け、新しく接客係に組み込まれることになった。

 接客係には秀司もいる。
 秀司は客寄せパンダならぬ客寄せ狐として働かされることが確定していた。

 集客を競う文化祭で見目麗しいイケメンを活用しない手はなく、クラスのためという大義名分によって本人の意思は黙殺された。

 ちなみに同じ理由で大和や瑠夏も接客係だ。
 瑠夏はぶつくさ文句を言いながらも、衣装合わせの際には猫耳のついたカチューシャをきっちりつけていた。 

「どうせなら彼氏と同じ白狐のコスプレをすればいい」と衣装係の女子たちは盛り上がり、楽しそうに沙良を囲んで身体の寸法を測ってくれた。

 秀司は用があるからと先に帰ってしまったが、もしあの場に居たらなんと言っただろうか。
 山岸に同調したときのように、それはいい、と笑ったのだろうか。

(秀司は一体何を考えてるのかしら)
 今日一日で何度唱えたのかわからない言葉をまた胸中で繰り返す。

(私は期間限定の、嘘の彼女なのに。ステージでは踊ることになるわ、教室では秀司とお揃いの衣装を着て接客することになるわ……本当にいいのかしら、こんなことして。これでもかと『私たちカップルです!』アピールしといて、文化祭が終わって即別れたりなんかしたら、二人にお似合いの素敵な衣装を作ってあげるって言ってくれたコスプレ趣味のクラスメイトも、一緒に踊ってくれる予定の戸田くんや瑠夏もきっとガッカリするわよね。『ここまで大勢の人間を巻き込んでおいて即別れるなら私たちは何のためにこの茶番に付き合わされたの?』って責められても仕方ないわ。たとえ直接責められることはなかったとしても、間違いなく好感度は下がる。これまで地道に雑用をこなし、悩み相談を聞き、乞われるままに勉強を教え、コツコツ築いてきた委員長としての信頼も地に落ちてしまいかねない)
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