ひねくれ王子は私に夢中
秀司と二人で店を出たときには夜十時を過ぎていた。
街灯が灯る通りをサラリーマンらしきスーツ姿の男性が歩いている。
それ以外に人気はなく、大通りのほうから車の走る音が聞こえてくるだけだ。
肌に触れる風はひんやりと冷たく、夏の終わりを感じさせた。
「疲れた……」
店の前で肩を落とし、沙良は心から呟いた。
「面白い家族だな」
「すみません……」
笑っている秀司に、沙良は謝ることしかできない。
二十一時で閉店した後、沙良は家族を交えて秀司と遅い夕食を摂った。
母と妹は「イケメン」「本当にイケメン」「勉強も運動も仕事までできる超有能イケメン」と秀司を褒め称え、ちゃっかり一緒に写真まで撮っていた。
談笑の最中に秀司が「沙良と付き合っている」と暴露したせいで二人のテンションは最高潮。
しかし、はしゃぐ二人とは対照的に父は終始秀司に冷たかった。
「イケメンは浮気するに決まっている。芸能人の中条鷹士《なかじょうたかし》も浮気が原因で離婚しただろう。いいか、半端な覚悟で娘と付き合うな。娘を泣かせたら東京湾に沈めるぞ」
愛用の包丁を研ぎながらそんな物騒なことを言い出す始末だった。
もちろん家族全員で諫め、小柄な母は背伸びしてポカポカ父の頭を叩いたが、あんなことを言われれば気を悪くして当然だ。
「うちの父は少々過保護でして……過激な発言をお許しください。不愛想で悪人面なために誤解されやすい父ですが、本当に悪い人ではないんです。無礼は娘の私が代わってお詫びします」
深々と頭を下げる。
「謝らなくていいよ。娘思いのいいお父さんじゃん。でも、親子揃って浮気すると決め付けられたのは心外だな」
「親子揃って?」
顔を上げ、ずれた眼鏡を指で押し上げると、秀司は拗ねたような眼差しを寄越した。
「横溝さんと付き合うのかと疑っただろ」
「! あれは……ごめんなさい」
眼差しが鋭くなったため、沙良は反射的に言いかけた言葉を飲み込み、再び謝罪を繰り返した。
「酷いよな。どれだけ言っても沙良には全く伝わらない。俺がこの先女子に話しかけられる度に沙良はその子と付き合うんじゃないかと疑うんだろうな」
「いや、でも、私は偽の彼女なわけだから。本当に好きな子が現れたら遠慮せずその子と付き合っていいのよ?」
「そんなことしたら沙良は泣くだろ」
「な、泣かないわよ!」
「いいや、絶対泣く」
秀司はなんだか楽しそうな顔で断言した。
(そんなに私をからかうのが楽しいのかしら)
彼の思考は相変わらずさっぱりわからない。
「……ねえ、秀司」
これだけは聞いておきたくて、沙良は言い合いを止めて意識的に声のトーンを落とした。
「私は女子からの告白を断るための偽彼女なんでしょう。文化祭が終われば私の役目は終わり。すぐ別れるのに、どうして一緒に踊ろうなんて言い出したの? たとえ嘘でも、付き合った記念に思い出でも作ろうと思ったの?」
「…………」
秀司の表情が消えた。
怒っているようにも見えるし、悲しんでいるようにも見える。複雑な顔。
「……本当にわからない?」
秀司は真面目に問いかけてきた。
夜風に彼の柔らかそうな髪がふわふわ揺れている。
数秒、沙良は黙して考えた。が。
「……わからない」
そう言うと、秀司は苦笑した。
「だろうな。だから、これからわかって」
「……??」
やはり全然わからないが、見つめても彼は何も言おうとしない。
二人の間を夜風が通り過ぎるばかりだ。
諦めて、沙良は話題を変えた。
「あのさ。カップル成立を祝ってくれたり、私たちに協力してくれる人たちのためにも、文化祭が終わってもしばらくはカップルのフリを続けてくれない?」
「さっきは『本当に好きな子が現れたら遠慮せずその子と付き合っていい』って言ったのに?」
秀司は否定も肯定もせず、冷静に聞き返してきた。
街灯が灯る通りをサラリーマンらしきスーツ姿の男性が歩いている。
それ以外に人気はなく、大通りのほうから車の走る音が聞こえてくるだけだ。
肌に触れる風はひんやりと冷たく、夏の終わりを感じさせた。
「疲れた……」
店の前で肩を落とし、沙良は心から呟いた。
「面白い家族だな」
「すみません……」
笑っている秀司に、沙良は謝ることしかできない。
二十一時で閉店した後、沙良は家族を交えて秀司と遅い夕食を摂った。
母と妹は「イケメン」「本当にイケメン」「勉強も運動も仕事までできる超有能イケメン」と秀司を褒め称え、ちゃっかり一緒に写真まで撮っていた。
談笑の最中に秀司が「沙良と付き合っている」と暴露したせいで二人のテンションは最高潮。
しかし、はしゃぐ二人とは対照的に父は終始秀司に冷たかった。
「イケメンは浮気するに決まっている。芸能人の中条鷹士《なかじょうたかし》も浮気が原因で離婚しただろう。いいか、半端な覚悟で娘と付き合うな。娘を泣かせたら東京湾に沈めるぞ」
愛用の包丁を研ぎながらそんな物騒なことを言い出す始末だった。
もちろん家族全員で諫め、小柄な母は背伸びしてポカポカ父の頭を叩いたが、あんなことを言われれば気を悪くして当然だ。
「うちの父は少々過保護でして……過激な発言をお許しください。不愛想で悪人面なために誤解されやすい父ですが、本当に悪い人ではないんです。無礼は娘の私が代わってお詫びします」
深々と頭を下げる。
「謝らなくていいよ。娘思いのいいお父さんじゃん。でも、親子揃って浮気すると決め付けられたのは心外だな」
「親子揃って?」
顔を上げ、ずれた眼鏡を指で押し上げると、秀司は拗ねたような眼差しを寄越した。
「横溝さんと付き合うのかと疑っただろ」
「! あれは……ごめんなさい」
眼差しが鋭くなったため、沙良は反射的に言いかけた言葉を飲み込み、再び謝罪を繰り返した。
「酷いよな。どれだけ言っても沙良には全く伝わらない。俺がこの先女子に話しかけられる度に沙良はその子と付き合うんじゃないかと疑うんだろうな」
「いや、でも、私は偽の彼女なわけだから。本当に好きな子が現れたら遠慮せずその子と付き合っていいのよ?」
「そんなことしたら沙良は泣くだろ」
「な、泣かないわよ!」
「いいや、絶対泣く」
秀司はなんだか楽しそうな顔で断言した。
(そんなに私をからかうのが楽しいのかしら)
彼の思考は相変わらずさっぱりわからない。
「……ねえ、秀司」
これだけは聞いておきたくて、沙良は言い合いを止めて意識的に声のトーンを落とした。
「私は女子からの告白を断るための偽彼女なんでしょう。文化祭が終われば私の役目は終わり。すぐ別れるのに、どうして一緒に踊ろうなんて言い出したの? たとえ嘘でも、付き合った記念に思い出でも作ろうと思ったの?」
「…………」
秀司の表情が消えた。
怒っているようにも見えるし、悲しんでいるようにも見える。複雑な顔。
「……本当にわからない?」
秀司は真面目に問いかけてきた。
夜風に彼の柔らかそうな髪がふわふわ揺れている。
数秒、沙良は黙して考えた。が。
「……わからない」
そう言うと、秀司は苦笑した。
「だろうな。だから、これからわかって」
「……??」
やはり全然わからないが、見つめても彼は何も言おうとしない。
二人の間を夜風が通り過ぎるばかりだ。
諦めて、沙良は話題を変えた。
「あのさ。カップル成立を祝ってくれたり、私たちに協力してくれる人たちのためにも、文化祭が終わってもしばらくはカップルのフリを続けてくれない?」
「さっきは『本当に好きな子が現れたら遠慮せずその子と付き合っていい』って言ったのに?」
秀司は否定も肯定もせず、冷静に聞き返してきた。