ひねくれ王子は私に夢中
「いや、でも、文化祭が終わって即別れるのはさすがに体裁が悪いでしょう? それでも、秀司がどうしても好きな子といますぐ付き合いたいっていうなら……うーん……」
 つま先に視線を落として沙良は考え込んだ。

(体裁が悪いのは確実だし、負の感情を抱く人も間違いなく現れるでしょうけど、他人が納得するかどうかなんて関係ないか)

 ――もし何か言ってくる奴がいたら『うるせえ黙れ』って言ってやれ。俺はそう言う。それで終わり。それでいいんだって。

 秀司の台詞が脳裏に蘇る。

(そうよね。周りなんてどうでもいい。大事なのは秀司本人の気持ちだもの)
 一つ頷き、決意を込めて秀司を見つめる。

「前言撤回するわ。秀司が決めたことなら私は応援する。他人のことも私のことも気にしないで。思うまま、望みのままに行動してちょうだい」
 秀司が誰かと恋をしたら、きっと沙良は泣くだろう。

 それでも。

「秀司には幸せになってほしいの」

 自分よりも、世界中の誰よりも。
 それが嘘偽りない、沙良の本音だ。

「……ありがとう」
 沙良のまっすぐな願いは秀司の心に届いたのだろうか。
 秀司は穏やかに笑って、沙良の頭に手を伸ばしてきた。

 頭でも撫でられるのかと思ってドキッとしたが、秀司が指先で軽く触れたのは沙良の頭のシュシュだった。

「……どうしたの?」
「いや。さすが俺の選んだ髪飾り。暗い中でも赤い花みたいで可愛いな、と」
「……そう」

(なんだ、自分にはセンスがあると自画自賛したかっただけか)
 肩透かしでも食らったような気分で、沙良は全身の緊張を解いた。

「そろそろ帰ろうかな」
 手を引っ込めた秀司は大きく視線を動かし、駅の方向を見た。

「駅まで送るわよ」
「いいよ。夜道の一人歩きは危険だ。また明日」
 秀司は片手を上げた。

「うん、また明日……って、ちょっと待って! 結局なんで一緒に踊ろうなんて言い出したのか理由を聞いてない!」
 去っていく背中に叫ぶ。
 もしかしたら気が変わって素直に答えてくれるかと思ったが。

「宿題にするよ。考えといて」
 秀司は振り返り、飄々とした態度でそう答えた。

「考えてもわかりそうにないから聞いてるんでしょうが!! ……全く、もう」
 遠ざかる秀司の姿は闇に溶けて見えなくなってしまった。

(どうしても答える気はないってことね。これはもう問い詰めても無駄だわ)
 ため息をついてから、彼が触れたシュシュに右手で触れる。

(……何よ。秀司が何を考えてるのかちっともわからないわよ。ただの気まぐれだか思い出作りだか知らないけど、思い付きに振り回されるこっちの身にもなりなさいよ。今日の合同会議で企画の一次選考は無事通ったけど、三日後には二次選考のオーディションがあるのよ。瑠夏も戸田くんも私たちのために準備してくれてるっていうのに、そもそもなんで踊ろうと言い出したのか動機が不明ってどういうことよ。何なのよ、本当に)
 胸中で愚痴りながら唇を軽く尖らせる。

「私は期間限定、いまだけの偽彼女なのよ? 減るものじゃないし、頭くらい撫でなさいよ、馬鹿」
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