ひねくれ王子は私に夢中

レンタルスタジオにて

 百年以上の歴史を誇る三駒高校は多くの政治家や著名人を輩出している名門校だ。

 社長令嬢や令息、あるいは官僚や弁護士や医者の子どもが通う三駒高校は最新設備が整っていて、全教室冷暖房完備。

 グラウンドは広く、体育館や講堂といった施設はどれも立派で、ダンス部にはなんと大きな鏡付きの専用スタジオがある。

 ダンスの練習場所としてそこを借りられるなら話は早かったのだが、ダンス部もまた部の威信を賭けて文化祭に出場するのだ。

 夜遅くまで残って練習している彼らにスペースを貸してくれなどと無理は言えない。

 そこで秀司は都内のレンタルスタジオを借り、文化祭が終わるまでの拠点にした。

 瑠夏や大和が頑張ってくれたおかげで企画は無事に通り、沙良たちは文化祭の二日目に講堂で踊れることになった。

 後は全力で練習に励むのみだ。

 秀司は花守食堂でのバイトを火木土の週三日に抑え、月水金の放課後は練習に参加している。

 大和は結局、フリーバスケの話を断ってダンスに専念してくれていた。

 恩義に報いるためにも、四人でのダンスは絶対に成功させたい。

「はい、ストレッチ終わり。アイソレいくわよ」

 二週間後の水曜日、午後五時過ぎ。

 レンタルスタジオの三階の一室で、黒いTシャツに臙脂色のズボンを着た瑠夏は両手を叩き、壁一面に貼られた鏡に向き直った。

 三人で三角形を描くように、彼女の斜め後ろには秀司と大和が立っている。

 二人ともTシャツにズボンと、講師役の瑠夏と良く似た動きやすい格好をしていた。

 瑠夏からのアイコンタクトを受けた沙良は瑠夏のスマホを操作し、スピーカーから曲を流し始めた。

「まずは首からね。はい、下、上、下、上……もっと早く。下、上、下、上。次、右、左、右、左……」
 音楽と瑠夏の声に合わせ、両手を腰につけた秀司たちは首を動かす。

 三人が行っているのは『アイソレーション』。

 首や肩、胸や腰などの身体のパーツを独立させて別々に動かす基礎トレーニングだ。

 テンポ良く曲に合わせて自由自在に身体を動かすにはこの練習が不可欠である。

(……首や肩を動かすのはともかく、真顔で腰を動かすのは何度見ても、ちょっと気まずいと言うか……恥ずかしいと言うか……)

 左腕を負傷している沙良は彼らから離れた場所で一人、動かせる範囲で身体を動かしているが、鏡に映る自分の顔はほんの少し赤くなっていたりする。

(いや決して邪念を抱いているわけではないんだけども! 見る側じゃなく踊る側になればそんなこと言ってられないんだろうけども! うう、私も早くあっちに行きたい。左腕に負担をかけないよう軽くじゃなく、全力で踊れるようになりたい)
 俯いてポニーテイルを身体の前に垂らし、左腕のギプスを摩る。

 金曜日には病院で怪我の治り具合を診てもらう予定だが、完治していることを願うばかりだ。
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