ひねくれ王子は私に夢中
(早寝早起きを心がけたし、カルシウムを多く含むワカメやひじきや嫌いな納豆だって我慢して食べてきたでしょう。頼むから治ってて。一刻も早く私に練習させて、お願いよ。この三人ときたらめちゃくちゃ上手なんだもの。一人だけ悪目立ちしたくない!)

 左腕に念を送っている間にアイソレーションの練習は終わり、続いてリズムトレーニングが始まった。

 スピーカーから流れる曲に合わせて三人が膝を曲げ、伸ばし、『アップ』と『ダウン』のリズムを取る。

「横移動入るよ! 左、右、左、右! 戸田くん、膝を曲げるときは膝と足のつま先を揃えて! もっと身体を柔らかく、動きをしなやかに! 肩を上げて! 指先まで意識しなさい!」
 自身も踊りながら瑠夏は次々と的確な指示を出していく。

「はい、十分休憩ね。お疲れ様」
 スパルタ教育を施した後、瑠夏がようやく休憩を入れた。

「あー、疲れたあ」
 大和はスタジオの床に寝転がった。
 秀司は無言で腰を落として天井を仰いでいる。
 疲れすぎて言葉を発する気力もないようだ。

「二人ともよくついてこれるわ。あたしが通ってたダンススクールでは上級クラスの内容なのに」
 棚の上のスポーツドリンクを取り上げて、瑠夏は腰に手を当てながら勢い良く飲み始めた。

「激しく踊りながら声を出すのは大変でしょう。瑠夏もお疲れ様。講師役を引き受けてくれて、本当にありがとうね」
 沙良は水分補給中の瑠夏に近づいて言った。

「いいわよ。不破くんには十分すぎる報酬を貰ったからね。ふふ……『maximum』 では夢のような体験をさせてもらったわ」
 首にかけたタオルで額の汗を拭い、瑠夏は幸せそうに目を細めた。

(あ、始まっちゃった……)

 日曜日の夜、瑠夏は秀司と『maximum』に行ったことを電話で報告してきた。
 一時間以上も筋肉講座を聞かされた沙良はうんざりしてしまい、どうにか話を切り上げて終わらせたのだが、やはりまだ語り足りなかったらしい。

「猪熊選手に『三角チョコパイが食べたいです』って言ったら、すかさずマスキュラーポーズをしてくれたのよ。これまであたしは告白してきた男子に片っ端からその言葉を言ってきたわ。でも、みんな『わかった、探してくる』とか『何言ってんの?』みたいな反応で、全く通用しなかった。ボディビル大会を見ていれば正解はすぐにわかるはずなのに、これだからモヤシは……」
 瑠夏は眉間に皺を寄せ、舌打ちでもしそうな形相だ。

(一般男子をモヤシと形容するとは……ボディビル大会なんて大抵の人はチェックしてないと思うよ? 瑠夏に告白した男子たち。フラれてショックだったと思いますが落ち込むことはありません。相手が悪かったんです)

 沙良は見知らぬ男子たちのことを思い、心の中で合掌した。

「あたしのことが好きだというのは口先だけで、誰もあたしの嗜好をわかってくれなかった。悲しかったし、虚しかったわ。でもね、猪熊選手は瞬時にあたしが何を求めているのか理解し、無茶ぶりに応えてくださったの! なんて優しい方なのかしら。あたし、一生彼を推すわ……!」
 胸の前で手を組み、天井を見上げる瑠夏の瞳は星のように輝いている。
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