ひねくれ王子は私に夢中
内緒のやり取り
長谷部瑠夏は中学一年の冬に沙良が通っていた中学校に転入してきた。
とにかくとんでもない美少女だという噂は違うクラスの沙良の耳にも届いていた。
同じクラスになったのは中学二年のとき。
濡れ羽色の髪を腰まで伸ばした瑠夏は噂に違わぬ美少女だったが、氷のような冷たい目で己に近づく全てを拒絶していた。
「転校の理由は父親の転勤だと説明したけど。本当はいじめが原因なのよ」
知り合って三年以上が経過し、現在高校二年生になった瑠夏は沙良の右隣に座り、背中を丸めて両膝を抱えた。
「スクールカーストの上位にいた神谷って女が、意中の男子と仲良くしてるあたしに嫉妬したの。その男、佐藤は学校一のイケメンとか言われてて、ファンも多かった。あたしは佐藤と仲良くするつもりなんてなかった。ただ、隣の席だったから無視するわけにもいかず、適当に相手をしてただけ。それなのに、佐藤は『この俺に振り向かない女なんて初めてだ。オモシレー女』とか言って、しつこく絡んできたの。それが神谷の気に障った」
膝を抱える瑠夏の両腕に力がこもる。
まるでそこに憎い仇でもいるかのように、瑠夏は床の一点を強く睨んでいた。
「頼みもしないのにベタベタ引っ付いてくるのは向こうだ、あたしは迷惑してると抗議しても、ただの自慢にしか聞こえなかったらしいわよ。何を言っても火に油を注ぐだけで、どうしようもなかった。後はもうわかるでしょう。神谷は佐藤のファンをまとめ上げて、寄ってたかって――ほんと、クソみたいな目に遭わせてくれた。事なかれ主義の担任は何もしてくれないし、生き地獄だったわよ」
瑠夏は自分の左腕に右手をかけ、白磁のような肌に爪を立てた。
「止めて」
見かねた沙良は瑠夏の右手首を掴んだ。
瑠夏は振り払おうとしたが、沙良はがっちりと彼女の細い手を掴んで離さなかった。
「離しなさいよ」
煩わしそうに瑠夏が言う。
怒りで火を噴きそうな目を向けられたが、沙良は怯まずその目を見返した。
「嫌。離さない。私の親友を傷つける人はたとえ瑠夏本人だろうと許さないわ」
「…………」
瑠夏は目を大きくし、毒気を抜かれたように抵抗を止めた。
「もう自傷行為はしないって約束して。でないと私はこの手を離さないわよ。どこまでも付きまとってやる。よく知ってるでしょう。私はしつこいの」
自分の殻に閉じこもり、いつも教室の端に独りでいる瑠夏を放っておけなくて、沙良は毎日彼女に話しかけた。
それこそ彼女が根負けするまで、何か月も。
「……そうね。沙良は本当にしつこかった。あたしがどんな酷い言葉を言ってもめげず、どこに逃げても追いかけてきた」
瑠夏は遠い目をして、その口元に淡い笑みを浮かべた。
とにかくとんでもない美少女だという噂は違うクラスの沙良の耳にも届いていた。
同じクラスになったのは中学二年のとき。
濡れ羽色の髪を腰まで伸ばした瑠夏は噂に違わぬ美少女だったが、氷のような冷たい目で己に近づく全てを拒絶していた。
「転校の理由は父親の転勤だと説明したけど。本当はいじめが原因なのよ」
知り合って三年以上が経過し、現在高校二年生になった瑠夏は沙良の右隣に座り、背中を丸めて両膝を抱えた。
「スクールカーストの上位にいた神谷って女が、意中の男子と仲良くしてるあたしに嫉妬したの。その男、佐藤は学校一のイケメンとか言われてて、ファンも多かった。あたしは佐藤と仲良くするつもりなんてなかった。ただ、隣の席だったから無視するわけにもいかず、適当に相手をしてただけ。それなのに、佐藤は『この俺に振り向かない女なんて初めてだ。オモシレー女』とか言って、しつこく絡んできたの。それが神谷の気に障った」
膝を抱える瑠夏の両腕に力がこもる。
まるでそこに憎い仇でもいるかのように、瑠夏は床の一点を強く睨んでいた。
「頼みもしないのにベタベタ引っ付いてくるのは向こうだ、あたしは迷惑してると抗議しても、ただの自慢にしか聞こえなかったらしいわよ。何を言っても火に油を注ぐだけで、どうしようもなかった。後はもうわかるでしょう。神谷は佐藤のファンをまとめ上げて、寄ってたかって――ほんと、クソみたいな目に遭わせてくれた。事なかれ主義の担任は何もしてくれないし、生き地獄だったわよ」
瑠夏は自分の左腕に右手をかけ、白磁のような肌に爪を立てた。
「止めて」
見かねた沙良は瑠夏の右手首を掴んだ。
瑠夏は振り払おうとしたが、沙良はがっちりと彼女の細い手を掴んで離さなかった。
「離しなさいよ」
煩わしそうに瑠夏が言う。
怒りで火を噴きそうな目を向けられたが、沙良は怯まずその目を見返した。
「嫌。離さない。私の親友を傷つける人はたとえ瑠夏本人だろうと許さないわ」
「…………」
瑠夏は目を大きくし、毒気を抜かれたように抵抗を止めた。
「もう自傷行為はしないって約束して。でないと私はこの手を離さないわよ。どこまでも付きまとってやる。よく知ってるでしょう。私はしつこいの」
自分の殻に閉じこもり、いつも教室の端に独りでいる瑠夏を放っておけなくて、沙良は毎日彼女に話しかけた。
それこそ彼女が根負けするまで、何か月も。
「……そうね。沙良は本当にしつこかった。あたしがどんな酷い言葉を言ってもめげず、どこに逃げても追いかけてきた」
瑠夏は遠い目をして、その口元に淡い笑みを浮かべた。