ひねくれ王子は私に夢中
彼が頑張る理由
雨粒が踊るように沙良の赤い傘の上で跳ねている。
金曜日の放課後。
病院から出た後に降り始めた雨は徐々に勢いを増し、夕方六時を回ったいまではまるでスコールのような有様だ。
水たまりに足を突っ込んでしまった女子高生が悲鳴を上げ、高級そうなスーツを着たサラリーマンは一切の感情を殺したような無表情で雨の中を足早に歩いて行く。
足元の水たまりを豪快に跳ね散らかし、無邪気に喜んでいるのは小さな子どもだけだ。
重そうなリュックを背負い、野菜がはみ出したエコバッグを持った母親は死んだ魚の目で泥だらけの二人の幼児を見つめていた。
沙良は左手でしっかりと赤い傘の柄を握り締めながら親子たちの傍を走り抜け、目的地である十階建てのビルへ飛び込んだ。
入口で立ち止まって傘を振り、水滴を落としてからボタンで留める。
はやる気持ちを抑えられず、小走りに一階の受付へ行って手続きを済ませる。
いつも感じの良い受付の女性は「怪我が治って良かったですね」と微笑んでくれた。
顔なじみということもあって十秒とかからずに手続きは終わり、利用許可証を持ってエレベーターへ向かったが、あいにくとエレベーターは九階にいた。
到着を待ちきれず、沙良は左手にある階段を上り始めた。
軽く息を切らせて三階分の階段を上り切り、更衣室で着替え、ロッカーの鍵が入った鞄片手にいつもの部屋へ行く。
この時間ならリズムトレーニングも終わり、秀司たちは文化祭で踊る曲の練習をしているはずだ。
ノックすると、瑠夏の声で「どうぞ」と返ってきたため、元気良く扉を開け放つ。
「見て!! 治った!!」
沙良は拳を握った左手を高々と天に向かって突き上げながら後ろ手に扉を閉めた。
『REVERSE』が流れる部屋を見回して、すぐに異変に気付く。
部屋にいるのはダンスに適した服装をした瑠夏と大和だけで、秀司がいない。
「……秀司は?」
沙良は拳を解いて身体の横に下ろし、トーンダウンした声で尋ねた。
秀司は「自分がデートに誘ったせいで」と沙良の怪我に責任を感じている節があった。
(真っ先に完治を報告して、喜んで欲しかったのに……急用でもできたのかしら)
秀司に限ってサボりということはあり得まい。
花守食堂でのバイトも彼は無遅刻無欠勤で頑張ってくれている。
真面目に汗水流して働く秀司の姿を見て、あれほど頑なだった父も「今時珍しい好青年だ」と秀司に対する態度を軟化させ始めた。
昨日なんて秀司の賄いには特別に刺身までついていた。
「不破くんは休みよ。あんたと同じで、左手首をちょっとね」
男性ボーカルが歌う『REVERSE』をBGMにしながら、瑠夏は整った顔を曇らせた。
「まさか秀司まで階段から落ちて骨折したの!?」
「違う違う」
沙良が血相を変えて瑠夏に詰め寄ったからだろう、大和が慌てたように手を振った。
「少し痛むから、大事を取って休むってだけだよ。心配ないよ。学校では元気そのものだっただろ?」
その言葉を受けて、今日の学校での秀司の様子を思い返してみる。
(左手を痛がるような素振りなんてなかったわよね。顔色も特に悪くなかった、はず)
至って健康そうだった、と思う。
金曜日の放課後。
病院から出た後に降り始めた雨は徐々に勢いを増し、夕方六時を回ったいまではまるでスコールのような有様だ。
水たまりに足を突っ込んでしまった女子高生が悲鳴を上げ、高級そうなスーツを着たサラリーマンは一切の感情を殺したような無表情で雨の中を足早に歩いて行く。
足元の水たまりを豪快に跳ね散らかし、無邪気に喜んでいるのは小さな子どもだけだ。
重そうなリュックを背負い、野菜がはみ出したエコバッグを持った母親は死んだ魚の目で泥だらけの二人の幼児を見つめていた。
沙良は左手でしっかりと赤い傘の柄を握り締めながら親子たちの傍を走り抜け、目的地である十階建てのビルへ飛び込んだ。
入口で立ち止まって傘を振り、水滴を落としてからボタンで留める。
はやる気持ちを抑えられず、小走りに一階の受付へ行って手続きを済ませる。
いつも感じの良い受付の女性は「怪我が治って良かったですね」と微笑んでくれた。
顔なじみということもあって十秒とかからずに手続きは終わり、利用許可証を持ってエレベーターへ向かったが、あいにくとエレベーターは九階にいた。
到着を待ちきれず、沙良は左手にある階段を上り始めた。
軽く息を切らせて三階分の階段を上り切り、更衣室で着替え、ロッカーの鍵が入った鞄片手にいつもの部屋へ行く。
この時間ならリズムトレーニングも終わり、秀司たちは文化祭で踊る曲の練習をしているはずだ。
ノックすると、瑠夏の声で「どうぞ」と返ってきたため、元気良く扉を開け放つ。
「見て!! 治った!!」
沙良は拳を握った左手を高々と天に向かって突き上げながら後ろ手に扉を閉めた。
『REVERSE』が流れる部屋を見回して、すぐに異変に気付く。
部屋にいるのはダンスに適した服装をした瑠夏と大和だけで、秀司がいない。
「……秀司は?」
沙良は拳を解いて身体の横に下ろし、トーンダウンした声で尋ねた。
秀司は「自分がデートに誘ったせいで」と沙良の怪我に責任を感じている節があった。
(真っ先に完治を報告して、喜んで欲しかったのに……急用でもできたのかしら)
秀司に限ってサボりということはあり得まい。
花守食堂でのバイトも彼は無遅刻無欠勤で頑張ってくれている。
真面目に汗水流して働く秀司の姿を見て、あれほど頑なだった父も「今時珍しい好青年だ」と秀司に対する態度を軟化させ始めた。
昨日なんて秀司の賄いには特別に刺身までついていた。
「不破くんは休みよ。あんたと同じで、左手首をちょっとね」
男性ボーカルが歌う『REVERSE』をBGMにしながら、瑠夏は整った顔を曇らせた。
「まさか秀司まで階段から落ちて骨折したの!?」
「違う違う」
沙良が血相を変えて瑠夏に詰め寄ったからだろう、大和が慌てたように手を振った。
「少し痛むから、大事を取って休むってだけだよ。心配ないよ。学校では元気そのものだっただろ?」
その言葉を受けて、今日の学校での秀司の様子を思い返してみる。
(左手を痛がるような素振りなんてなかったわよね。顔色も特に悪くなかった、はず)
至って健康そうだった、と思う。