ひねくれ王子は私に夢中
「……うん。少し痛むだけ、なのよね。それなら大丈夫よね」
「さあね。本当に大丈夫かどうかなんて本人にしかわからないわよ」
瑠夏の言葉は沙良の不安を煽るものだった。
「どういうこと?」
何か知っているのかと、反射的に瑠夏を見る。
「どういうことも何も、言葉通りの意味よ。どれだけ痛いかなんて本人にしかわからないでしょう? あたしも反省してるのよ」
瑠夏は窓の外に目を向けた。
雨は銀色の線となって地上に降り注ぎ、窓を濡らしている。
「いくら頼まれたからって、あたしの指導は厳しすぎた。不破くんは優秀すぎて、スポンジみたいにあたしの言ったことをなんでもすぐに吸収してくれるから、つい限度を忘れてしまった。不破くんは人一倍努力家で、期待には全力で応えようとする人だってわかってたのに」
瑠夏は自分の鞄から黒い扇子袋を引っ張り出し、中の扇子を抜き取って沙良に渡した。
「『もし今日の練習に使うなら』って渡された不破くんの扇子よ。沙良は不破くんみたいに、利き手じゃない左手でその扇子を自在に操れる? 曲に合わせて踊ることができる?」
沙良は緑と青のグラデーションがかかった扇子を左手で開いた。
秀司が使っているのは通常の扇子と開く方向を反対にした、左利き用の扇子だ。
やはり利き手の右手で扇子を操るのとは勝手が違う。
動作がいちいちぎこちなくなってしまい、頭の中で流した『夜想蓮華』に合わせて大きく動いているうちに手元が狂って扇子を床に落としてしまった。
「……一朝一夕には無理よ」
「そうね。あたしにも無理よ。でも不破くんは練習初日から違和感なく扇子を操った。利き手が左手じゃないことを完全に忘れさせたの。参るわよ。涼しい顔の裏で、何時間練習したんでしょうね」
瑠夏の言葉を聞きながら、沙良は屈んで扇子を拾った。
秀司が文化祭のダンスのために買った左利き用の扇子は、汗と手垢によって持ち手部分がわずかに変色していた。
沙良の赤とピンクのグラデーションがかかった扇子は変色なんてしていない。
秀司は一体何時間この扇子を握ってきたのだろう。
当たり前のような顔で美しく踊る、その裏で、どれほどの練習と研鑽を積んできたのだろう――。
沙良は唇を噛んだ。
二人で踊る曲はどうしようかという話になったとき、『夜想蓮華』が良いと言ったのは秀司で、左右対称の動きをしたいと言い出したのは沙良だ。
男女が左右対称の動きで踊るネットの動画を見せながら、私もこんな風に踊りたい、これをやろうと我儘を言った。
考えなしに二人に憧れた沙良と違って、秀司は踊っていた男性が元々左利きであることを一目で見抜いたはずだ。
右利きの自分が左利きの男性の踊りを踊るのは難しいと言ってくれれば良かったのに、秀司は迷うことなく「いいよ」と言った。
こともなげに――何の問題もないとばかりに。
「……左手を重点にして踊るって、難しいじゃないのよ。わかってたのなら言いなさいよ、馬鹿。そしたら左右対称の動きなんて止めて、普通に踊ったのに」
「言うわけないよ。花守さんがやりたいって言ったことなら、秀司は何が何でもやるよ」
大和はこの二週間ですっかり見慣れたスポーツドリンクの蓋を閉じて言った。
恐らくスポーツドリンクを買うための代金は予め秀司が渡していたのだろう。
「さあね。本当に大丈夫かどうかなんて本人にしかわからないわよ」
瑠夏の言葉は沙良の不安を煽るものだった。
「どういうこと?」
何か知っているのかと、反射的に瑠夏を見る。
「どういうことも何も、言葉通りの意味よ。どれだけ痛いかなんて本人にしかわからないでしょう? あたしも反省してるのよ」
瑠夏は窓の外に目を向けた。
雨は銀色の線となって地上に降り注ぎ、窓を濡らしている。
「いくら頼まれたからって、あたしの指導は厳しすぎた。不破くんは優秀すぎて、スポンジみたいにあたしの言ったことをなんでもすぐに吸収してくれるから、つい限度を忘れてしまった。不破くんは人一倍努力家で、期待には全力で応えようとする人だってわかってたのに」
瑠夏は自分の鞄から黒い扇子袋を引っ張り出し、中の扇子を抜き取って沙良に渡した。
「『もし今日の練習に使うなら』って渡された不破くんの扇子よ。沙良は不破くんみたいに、利き手じゃない左手でその扇子を自在に操れる? 曲に合わせて踊ることができる?」
沙良は緑と青のグラデーションがかかった扇子を左手で開いた。
秀司が使っているのは通常の扇子と開く方向を反対にした、左利き用の扇子だ。
やはり利き手の右手で扇子を操るのとは勝手が違う。
動作がいちいちぎこちなくなってしまい、頭の中で流した『夜想蓮華』に合わせて大きく動いているうちに手元が狂って扇子を床に落としてしまった。
「……一朝一夕には無理よ」
「そうね。あたしにも無理よ。でも不破くんは練習初日から違和感なく扇子を操った。利き手が左手じゃないことを完全に忘れさせたの。参るわよ。涼しい顔の裏で、何時間練習したんでしょうね」
瑠夏の言葉を聞きながら、沙良は屈んで扇子を拾った。
秀司が文化祭のダンスのために買った左利き用の扇子は、汗と手垢によって持ち手部分がわずかに変色していた。
沙良の赤とピンクのグラデーションがかかった扇子は変色なんてしていない。
秀司は一体何時間この扇子を握ってきたのだろう。
当たり前のような顔で美しく踊る、その裏で、どれほどの練習と研鑽を積んできたのだろう――。
沙良は唇を噛んだ。
二人で踊る曲はどうしようかという話になったとき、『夜想蓮華』が良いと言ったのは秀司で、左右対称の動きをしたいと言い出したのは沙良だ。
男女が左右対称の動きで踊るネットの動画を見せながら、私もこんな風に踊りたい、これをやろうと我儘を言った。
考えなしに二人に憧れた沙良と違って、秀司は踊っていた男性が元々左利きであることを一目で見抜いたはずだ。
右利きの自分が左利きの男性の踊りを踊るのは難しいと言ってくれれば良かったのに、秀司は迷うことなく「いいよ」と言った。
こともなげに――何の問題もないとばかりに。
「……左手を重点にして踊るって、難しいじゃないのよ。わかってたのなら言いなさいよ、馬鹿。そしたら左右対称の動きなんて止めて、普通に踊ったのに」
「言うわけないよ。花守さんがやりたいって言ったことなら、秀司は何が何でもやるよ」
大和はこの二週間ですっかり見慣れたスポーツドリンクの蓋を閉じて言った。
恐らくスポーツドリンクを買うための代金は予め秀司が渡していたのだろう。