ひねくれ王子は私に夢中
 テストの敗者は勝者にケーキを贈り、その勝利を祝う。

 高校に入って初めての実力テストで負けたその日、沙良は秀司に勝負を申し込み、二人でそんなルールを決めた。

 ケーキを贈るとは言っても「手作りしろ」なんて指定はなかった。

 でも、親からもらった小遣いで買った市販のケーキでは心がこもっていない気がして、沙良は悪戦苦闘しながらケーキを作った。

 イチゴを乗せた不恰好なホイップケーキを秀司に渡すのには勇気が必要だった。

 秀司の家は金持ちだ。
 父親は大企業の重役で、母親はサロンの経営者。

 そんな裕福な家庭で育ったのだから、当然舌も肥えている。

 少しでも彼が嫌そうな顔をしたらすぐに取り替えるつもりで、一応市販のケーキも用意していた。

 けれど、予想に反して秀司は嬉しそうに沙良の手作りケーキを食べてくれた。

 それから沙良はテストで負ける度にケーキを作っている。
「了解」
 多少冷静さを取り戻した沙良は人差し指で眼鏡を押し上げた。

「いくつか試作品を作るから少し待ってて。金曜日には用意するわ」
 そう言って、彼と共に階段を上っていく。

「試作品ねえ。ほんと委員長って真面目だよね」
「まずいケーキなんて食べたくないでしょ? 下手なものを作ってお腹を壊されても困るわ」

「楽しみにしてる」
 微笑まれたら悪い気はしない。

「……そう」
 なんだか目を合わせているのが気恥ずかしくなり、沙良はさりげなく顔を背けた。

(また負けたのは悔しいけれど仕方ない、やってやるか。今回も『美味しい』って言わせてみせるんだから!)

「委員長って、ケーキ作るの好きなの?」
「どうして?」
 教室に入る直前に声を掛けられた沙良は足を止め、左隣にいる秀司を見た。

「なんか横顔が楽しそうに見えたから」
「……そんなことないわよ」
 そっけなく答えて教室に入り、窓際にある自分の席に座る。

 秀司の席は廊下側の前方なので、用件がない限りわざわざこっちまで来ることはない。

 彼の前の席の女子が身体ごと振り返り、秀司に話しかけていた。
 また一位なんて凄い、話の内容としてはそんなところだろうか。

 視線を外し、沙良は鞄からスマホを取り出した。

(楽しいなんて、そんなわけないじゃない。それがルールだから、敗者の私は勝者の彼のためにケーキを作る。それだけよ。いまだってそう、リクエストされたからチョコレートケーキのレシピを調べてるだけで――このチョコレートケーキ美味しそう。ブックマークしとこ。あ、こっちのケーキも素敵。うーん、これも捨てがたい……迷うなあ……どれが不破くんの好みかな? いっそどれがいいか本人に聞いてみ――って、馬鹿! 『どれが食べたい?』なんて聞けるわけないでしょ! そんなことしたら、まるで私がものすっごく張り切ってるみたいじゃない!!)
 左手はスマホを握ったまま机に右腕を置き、その上に顔を伏せて身悶える。

(私は負けたから! 仕方なく! ケーキを作るの! それだけなの!!)

 そう。
 間違っても、あの日「美味しい」と言ってくれた秀司の笑顔を夢見てケーキを作るわけではないのだ。
 ……多分。きっと。
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