ひねくれ王子は私に夢中
「夢って、そんな大げさな。でも喜んでもらえたなら嬉しいわ」
和やかな空気に包まれる中、一人だけ表情を曇らせた人物がいた。
「……ケーキ……」
「ん?」
秀司の小さな呟きに反応して、沙良は首を巡らせた。
秀司は何やら不機嫌そうな顔で、三人の手の中のカップケーキを見ている。
「どうしたの? 秀司」
「何でもない。授業始まるから戻る」
秀司はそう言ってすたすたと歩いて行った。
「……あー……」
「これは、やっちゃいましたかね?」
「やっちゃいましたねー」
歩美は苦笑いして後頭部を掻いている。
「何? どういうこと?」
「にいんちょ、カップケーキはもちろん嬉しかったんだけど、不破くんの前で渡したのはまずかったよ。麻薬の取引みたいに、こっそり渡すべきだった」
「うん。クッキーとかなら不破くんも何も言わなかっただろうけどね。ケーキは、ねえ?」
「あー。不破くんの前で喜んじゃダメだったな、反省」
里帆は額を押さえている。
「どうして?」
三人が言う言葉の意味がわからず、沙良は首を傾げた。
「わかんないかなあ。にいんちょは一年のときからずっと不破くんに手作りケーキを渡してきたんでしょ? にいんちょの手作りケーキは二人の絆、二人だけの『特別』でしょう。にいんちょのケーキが食べられるのは自分だけだと思ってたのに、目の前で同性とはいえ、クラスメイトにほいほい渡されたら……ねえ?」
そこで歩美は里帆たちに顔を向けて意見を求めた。
「ガッカリだよね」
「悲しいし辛いね。私だったら渡した相手に嫉妬しちゃうね」
二人が頷き合う。
「まさか。そんな。秀司に限って嫉妬なんてするわけ――」
「にいんちょは男心をわかってなさすぎ。不破くんだって普通の男だよ? 好きな子の手作りケーキは自分のもの、自分が独占したいって思って何が悪いの」
歩美は呆れ顔で右手にカップケーキを持ち、左手を折り曲げて腰に当てた。
「じゃあたとえば。テストが終わるたびに不破くんがにいんちょに毎回薔薇を一輪プレゼントしてたとする。それなのに、不破くんが他の女子に薔薇をプレゼントしたらどう思うよ?」
「嫌。」
考えるまでもなく沙良は即答した。
「でしょう?」
「でも、私は他の男子じゃなく、同性の石田さんたちにケーキを渡したのであって――」
「そんじゃ不破くんが他の男子に薔薇を渡したとしたらどうよ? にいんちょはモヤっとしない? 全然? ちっとも? 本当に?」
「……する……」
沙良は負けを認め、鞄からもう一つ隠していたカップケーキを三人だけに見えるように軽く持ち上げた。
渡したものより少し大きいカップケーキを見て、三人は目をぱちくりさせている。
「……実は秀司にも用意してて……日頃のお礼というか……」
もごもごと口の中で呟くと、三人は顔を見合わせた後で笑った。
「なんだ、あたしたちへのカップケーキは不破くんに渡すためのついでか!」
「いや、そういうわけじゃ」
「いいよいいよ。二人が仲良しなのが一番だし?」
「心配して損したわ――」
ちょうどそこでチャイムが鳴った。
「早く仲直りしなね!」
「じゃ!」
三人はカップケーキ片手にそれぞれ自分の席に戻っていった。
次の授業の教科書を机に並べながら、沙良はちらりと秀司の様子を窺った。
秀司は頬杖をついて前を向いている。
こちらの視線には気づいていないのか、それとも気づいていて無視しているのか。
(……怒ってる、のかな)
無視されているのかもしれないと思うと胸が痛んだ。
直後、次の授業の担当の先生が教室に入ってきたため、沙良は急いでクラス委員長の仮面を被って号令をかけた。
和やかな空気に包まれる中、一人だけ表情を曇らせた人物がいた。
「……ケーキ……」
「ん?」
秀司の小さな呟きに反応して、沙良は首を巡らせた。
秀司は何やら不機嫌そうな顔で、三人の手の中のカップケーキを見ている。
「どうしたの? 秀司」
「何でもない。授業始まるから戻る」
秀司はそう言ってすたすたと歩いて行った。
「……あー……」
「これは、やっちゃいましたかね?」
「やっちゃいましたねー」
歩美は苦笑いして後頭部を掻いている。
「何? どういうこと?」
「にいんちょ、カップケーキはもちろん嬉しかったんだけど、不破くんの前で渡したのはまずかったよ。麻薬の取引みたいに、こっそり渡すべきだった」
「うん。クッキーとかなら不破くんも何も言わなかっただろうけどね。ケーキは、ねえ?」
「あー。不破くんの前で喜んじゃダメだったな、反省」
里帆は額を押さえている。
「どうして?」
三人が言う言葉の意味がわからず、沙良は首を傾げた。
「わかんないかなあ。にいんちょは一年のときからずっと不破くんに手作りケーキを渡してきたんでしょ? にいんちょの手作りケーキは二人の絆、二人だけの『特別』でしょう。にいんちょのケーキが食べられるのは自分だけだと思ってたのに、目の前で同性とはいえ、クラスメイトにほいほい渡されたら……ねえ?」
そこで歩美は里帆たちに顔を向けて意見を求めた。
「ガッカリだよね」
「悲しいし辛いね。私だったら渡した相手に嫉妬しちゃうね」
二人が頷き合う。
「まさか。そんな。秀司に限って嫉妬なんてするわけ――」
「にいんちょは男心をわかってなさすぎ。不破くんだって普通の男だよ? 好きな子の手作りケーキは自分のもの、自分が独占したいって思って何が悪いの」
歩美は呆れ顔で右手にカップケーキを持ち、左手を折り曲げて腰に当てた。
「じゃあたとえば。テストが終わるたびに不破くんがにいんちょに毎回薔薇を一輪プレゼントしてたとする。それなのに、不破くんが他の女子に薔薇をプレゼントしたらどう思うよ?」
「嫌。」
考えるまでもなく沙良は即答した。
「でしょう?」
「でも、私は他の男子じゃなく、同性の石田さんたちにケーキを渡したのであって――」
「そんじゃ不破くんが他の男子に薔薇を渡したとしたらどうよ? にいんちょはモヤっとしない? 全然? ちっとも? 本当に?」
「……する……」
沙良は負けを認め、鞄からもう一つ隠していたカップケーキを三人だけに見えるように軽く持ち上げた。
渡したものより少し大きいカップケーキを見て、三人は目をぱちくりさせている。
「……実は秀司にも用意してて……日頃のお礼というか……」
もごもごと口の中で呟くと、三人は顔を見合わせた後で笑った。
「なんだ、あたしたちへのカップケーキは不破くんに渡すためのついでか!」
「いや、そういうわけじゃ」
「いいよいいよ。二人が仲良しなのが一番だし?」
「心配して損したわ――」
ちょうどそこでチャイムが鳴った。
「早く仲直りしなね!」
「じゃ!」
三人はカップケーキ片手にそれぞれ自分の席に戻っていった。
次の授業の教科書を机に並べながら、沙良はちらりと秀司の様子を窺った。
秀司は頬杖をついて前を向いている。
こちらの視線には気づいていないのか、それとも気づいていて無視しているのか。
(……怒ってる、のかな)
無視されているのかもしれないと思うと胸が痛んだ。
直後、次の授業の担当の先生が教室に入ってきたため、沙良は急いでクラス委員長の仮面を被って号令をかけた。