ひねくれ王子は私に夢中
「なんでだよ? 異性じゃなきゃいいんだろ?」
「わかった!! もう秀司以外の誰にもケーキを渡したりしない!! だから止めて、ね!?」
 秀司の肩を掴んで懇願する。

「なら止める」
 ようやく機嫌を直したらしく、秀司は笑って鞄から茶色のカードケースを取り出し、ズボンのポケットに入れた。

「あ、それ」
 食券を買うためのICカードが入っているのだろうカードケースに気づいて声を上げる。

 あの革のカードケースは沙良が日曜日にプレゼントしたものだ。

 彼の私物は大抵がブランド品なので、たった――といっても、沙良にとっては大金なのだが――三千円のカードケースを気に入ってもらえるかどうか不安で仕方なかったのだが、どうやらちゃんと使ってくれているらしい。

「使ってくれてるんだね」
 自然と口元が緩む。

「そりゃあ使うでしょう。彼女からのプレゼントだよ?」
 飄々とした態度でそう言って、秀司は立ち上がり、沙良と一緒に廊下へ向かった。

「……タダで高級菓子……」
「諦めろ」
 教室を出る間際、山岸と大和のそんなやり取りが聞こえてきて、沙良は振り返った。

(あれ)
 沙良の目を引いたのは大和に慰められている山岸の姿ではなく、教室のほぼ中央にいる瑠夏だ。

 歩美と里帆が瑠夏に話しかけている。

 にいんちょがいないならあたしたちとご飯食べない、とでも言っているのだろうか。

 瑠夏は嫌なことは嫌とはっきり言うタイプだ。
 そんな瑠夏が頷くのを見た沙良は微笑んで前方に向き直った。


「なんだ。俺の分もあったのか」
 生徒たちの賑やかな声と、食欲を刺激する様々な匂いが立ち込める食堂の二階。
 中庭に面した窓際、二人掛けの席で秀司は拍子抜けしたような声を上げた。

 彼の視線の先にあるのは沙良が差し出したカップケーキだ。

 小麦粉とバターと卵で作ったプレーンな生地の上にコーヒー味のバタークリームを乗せている。

「ええ。うちの店では頑張ってくれてるし、ダンスの練習にも付き合ってくれてるから、日頃のお礼にと思って。実は石田さんたちに渡したものより大きいのよ」
「ふうん」
 秀司はなんだか嬉しそうだ。

「俺の分もあるならそう言ってくれれば良かったのに。いただきます」
 秀司はビニール袋に結んだリボンを解き、カップケーキを指で摘まんで頬張った。

「ん、美味しい」

 顔を綻ばせる秀司を見て、沙良はふふんと得意げに笑った。

 この顔が見たくて沙良は菓子作りの腕を上げたのだ。
 秀司に喜んでもらえなければ意味がない。
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