ひねくれ王子は私に夢中
「なら良かったけどさ。言える空気じゃなかったでしょ? まさか秀司があんなに怒るとは思わなかったわよ。秀司っていつも飄々としてるし、あんまり物事に執着するほうじゃないとばかり思っていたのに、意外と嫉妬深いのね」
 そう言うと、秀司の表情が微妙に変化した。

(あ。余計なこと言ったかしら)
 冷や汗が頬を伝う。

「……俺だって、どうでもいいことなら怒ったりしないよ」
 ややあって、不機嫌そうな調子で彼は言った。

「沙良のケーキは俺だけが食べられる、俺だけの特権だと思ってたのに。あっさり他人に振る舞われたら、喜んでた俺が馬鹿みたいじゃん。なんだ、特別だと思ってたのは俺だけかって」
 秀司は紙カップを半分だけ剥ぎ、それまでより大口で噛みついた。

 悔しげなその顔を見ている沙良の口元には隠しきれない笑みが浮かんだ。

「なんで笑うんだよ」
 口の中のものを嚥下して、ジト目で秀司が沙良を睨む。

「だって」
 沙良はクスクス笑って、テーブルに腕を組み、その上に自分の頭を乗せた。

「私のケーキをそんなに喜んでくれてたんだなって思ったら。やっぱり嬉しいじゃない」

(頑張ってきて良かった……)
 うまく膨らまず、潰れたシューケーキのようなものになり果ててしまったシュークリーム、なかなか理想の味にならずに何度も配合を変えて作ったチョコレートケーキ。

 これまで積み重ねてきた試行錯誤の日々を思い出して、沙良はテーブルに突っ伏し、ぐっと拳を握った。

 喜びを噛み締めた後、沙良は起き上がって姿勢を正した。

「もう他人にケーキは作らないわ。何か作るとしても、ケーキ以外のものにするって約束する」
 片手をあげて宣言する。

「それはさっき聞いた。ごちそうさま」
 カップケーキを食べ終えて、秀司は水の入ったコップを掴んで飲んだ。

 その様子を見ながら、瑠夏に言われた言葉を思い出す。

 ――ねえ沙良。二人で『夜想蓮華』を踊りたいと言ったのは不破くんなんでしょう。蓮華の花言葉を知ってる?

 日曜日の夕方、レンタルスタジオからの帰り道で瑠夏に尋ねられた沙良は、家に向かう電車の中で蓮華の花言葉を調べてみた。

『あなたと一緒なら心がやわらぐ』『私の幸せ』――その言葉を見た瞬間、胸が鳴った。

 二人で踊る曲の名は『夜想蓮華』。

 まるで、『夜に貴女を想う』とでも言われているかのようではないか――。

(ねえ、秀司。蓮華の花言葉を知っててあの曲を踊りたいって言ったの? 私は自惚れてもいいの? 秀司も私のことが好きなんだって、思ってもいい?)

 瑠夏たちから秀司が踊ろうと言い出した動機を聞いたことは秘密だ。

『もし勝手にばらしたなんて知ったら本気でぶっ殺されそうだから、無事花守さんたちが付き合うまでは絶対内緒にして』と大和からは言われている。

 そもそも瑠夏と大和が秀司の動機を明かすことになったのは沙良が不甲斐ないからだ。

 自分はダメな女だ、秀司にはとても似つかわしくない、秀司の考えていることがわからないとグチグチ言い続けてきたから、瑠夏の堪忍袋の緒を切れさせてしまった。

(どうしても自信がなくて、不安なら、一人で悩んでいないで本人に尋ねるべきよね)
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