ひねくれ王子は私に夢中
嵐の前兆
十月上旬の土曜日、三駒高校の文化祭当日。
(今年も気合入ってるなあ)
バルーンアートで飾り立てられた校門前で沙良は立ち止まり、極太の毛筆で書かれた『三駒祭』の看板を見上げた。
通行の邪魔にならないよう、校門の端にいる沙良の横を生徒たちが通り過ぎていく。
制服ではなくクラスTシャツを着ている生徒も複数見かけた。
生徒たちの会話は熱がこもっていて、これから始まる祭りへの高揚感を肌で感じた。
「何してんの」
「わっ。お、おはよう」
声をかけられた沙良は驚いて肩を跳ねさせ、振り返った。
「おはよう」
そこには夏服姿の秀司がいた。
十月に入り、いまは衣替えの移行期間だが、文化祭の始まりに当たって太陽もやる気を出しているのか、今日は冬服だと暑いくらいの気温なので沙良と同じく夏服を選択したのだろう。
「看板を見てただけよ。字が上手だなあって」
「褒めてくれてありがとう」
晴れた秋空の下、秀司は自慢げに笑った。
「え? あの看板、秀司が書いたの?」
美しい楷書体で書かれた『三駒祭』の文字をもう一度見上げる。
「生徒会長に頼まれてね。あの風船も一緒に膨らませたし、会場の設営も少しだけ手伝ったよ」
「いつそんな暇が……?」
そういえば茶道部のクラスメイトも、バスケ部のクラスメイトも、他のクラスの人まで秀司に助けられたとか言っていたような気がする。
(多忙なのに、水面下で何人助けてるんだろ)
「『何をするにも時間は見つからないだろう。時間が欲しければ自分で作ることだ』」
「チャールズ・バクストンね」
「さすが学年二位」
秀司は笑って歩き出した。
「むう……中間テストでは一位の座をもぎ取ってやるから覚悟してよね」
彼の背中を追いかけながら言う。
文化祭が終わったらすぐに中間テストだ。
この一週間、ダンスの練習に没頭する一方で、沙良はテストに向けての勉強もしてきた。
昨日の夜は秀司と無料通話しながら学校の課題をこなした。
もっとも、ヘッドフォン越しに聞く秀司の声と、パソコンに表示された風呂上がりの彼の姿にやたらドキドキしてしまって、あまり身は入らなかったのだが。
「うんうん、前にも聞いたよ、頑張ってー」
「だから棒読み! 今回こそは本気で――」
じゃれ合うように秀司と談笑し、昇降口で靴を履き替えて教室へ向かう。
昨日クラス全員で色んな装飾をした二年一組の教室は別世界のようになっていた。
ホワイトボードにはカラフルなペンで『妖怪喫茶』と書かれており、折り紙の花と竹細工がつけられている。
教室の各所でまとめた机には布を被せてテーブルにし、その上におはじきや和風の小物を並べた。
壁には抹茶色の布を垂らし、棚の上にはクラスメイトが祖母の家から拝借した日本人形を飾り、徹底して和にこだわった。
「意外と本格的だよな、うちのクラス」
教室の後方のロッカーを隠すために掛けられた布をめくりあげ、鞄をロッカーに押し込んで秀司が言う。
「文化祭実行委員や石田さんたちが頑張ってくれたからね」
沙良も自分の鞄をロッカーに入れた。
鞄は持ってきているが、中身はほとんど空だ。
昼食も外の屋台で買って食べる気満々なため、本当に財布とスマホくらいしか入っていない。
「ええ、クラス委員長がいなくともクラスの皆で頑張りましたとも」
噂をすれば影、というやつだろうか。
教室の前方で雑談していた歩美と里帆が近づいてきた。
(今年も気合入ってるなあ)
バルーンアートで飾り立てられた校門前で沙良は立ち止まり、極太の毛筆で書かれた『三駒祭』の看板を見上げた。
通行の邪魔にならないよう、校門の端にいる沙良の横を生徒たちが通り過ぎていく。
制服ではなくクラスTシャツを着ている生徒も複数見かけた。
生徒たちの会話は熱がこもっていて、これから始まる祭りへの高揚感を肌で感じた。
「何してんの」
「わっ。お、おはよう」
声をかけられた沙良は驚いて肩を跳ねさせ、振り返った。
「おはよう」
そこには夏服姿の秀司がいた。
十月に入り、いまは衣替えの移行期間だが、文化祭の始まりに当たって太陽もやる気を出しているのか、今日は冬服だと暑いくらいの気温なので沙良と同じく夏服を選択したのだろう。
「看板を見てただけよ。字が上手だなあって」
「褒めてくれてありがとう」
晴れた秋空の下、秀司は自慢げに笑った。
「え? あの看板、秀司が書いたの?」
美しい楷書体で書かれた『三駒祭』の文字をもう一度見上げる。
「生徒会長に頼まれてね。あの風船も一緒に膨らませたし、会場の設営も少しだけ手伝ったよ」
「いつそんな暇が……?」
そういえば茶道部のクラスメイトも、バスケ部のクラスメイトも、他のクラスの人まで秀司に助けられたとか言っていたような気がする。
(多忙なのに、水面下で何人助けてるんだろ)
「『何をするにも時間は見つからないだろう。時間が欲しければ自分で作ることだ』」
「チャールズ・バクストンね」
「さすが学年二位」
秀司は笑って歩き出した。
「むう……中間テストでは一位の座をもぎ取ってやるから覚悟してよね」
彼の背中を追いかけながら言う。
文化祭が終わったらすぐに中間テストだ。
この一週間、ダンスの練習に没頭する一方で、沙良はテストに向けての勉強もしてきた。
昨日の夜は秀司と無料通話しながら学校の課題をこなした。
もっとも、ヘッドフォン越しに聞く秀司の声と、パソコンに表示された風呂上がりの彼の姿にやたらドキドキしてしまって、あまり身は入らなかったのだが。
「うんうん、前にも聞いたよ、頑張ってー」
「だから棒読み! 今回こそは本気で――」
じゃれ合うように秀司と談笑し、昇降口で靴を履き替えて教室へ向かう。
昨日クラス全員で色んな装飾をした二年一組の教室は別世界のようになっていた。
ホワイトボードにはカラフルなペンで『妖怪喫茶』と書かれており、折り紙の花と竹細工がつけられている。
教室の各所でまとめた机には布を被せてテーブルにし、その上におはじきや和風の小物を並べた。
壁には抹茶色の布を垂らし、棚の上にはクラスメイトが祖母の家から拝借した日本人形を飾り、徹底して和にこだわった。
「意外と本格的だよな、うちのクラス」
教室の後方のロッカーを隠すために掛けられた布をめくりあげ、鞄をロッカーに押し込んで秀司が言う。
「文化祭実行委員や石田さんたちが頑張ってくれたからね」
沙良も自分の鞄をロッカーに入れた。
鞄は持ってきているが、中身はほとんど空だ。
昼食も外の屋台で買って食べる気満々なため、本当に財布とスマホくらいしか入っていない。
「ええ、クラス委員長がいなくともクラスの皆で頑張りましたとも」
噂をすれば影、というやつだろうか。
教室の前方で雑談していた歩美と里帆が近づいてきた。