ひねくれ王子は私に夢中
「石田さん。おはよう」
「おはよう、にいんちょ。いやあ、今日からいよいよ文化祭ですね。愛しのダーリンの超レアなコスプレ姿、楽しみ過ぎて眠れなかったんじゃありませんか?」
「ま、まさか、そんなことないわよ!」
と言いつつ、実はめちゃくちゃ楽しみにしていた。
何しろ、当日のお楽しみと服飾係にガードされて、沙良は秀司のコスプレ姿をこれまで一度も拝んだことがないのだ。
超格好良い、着物姿ヤバい、とはしゃぐ女子たちの姿を見ていれば興味が湧くに決まっている。
「という割には目の下に隈があるような?」
「!?」
沙良は慌てて目元を隠したが、今朝鏡でチェックしたときはなかったことを思い出してすぐに手を離した。
しかし、沙良の行動で寝不足を見抜かれてしまったらしく、歩美と里帆はニヤニヤしている。
「にいんちょって本当にわかりやすいよねー」
「からかい甲斐があるわー。いやー、恋する乙女からでしか摂取できない栄養があるわー。今日は本当に頑張ろうね!」
満面の笑顔で里帆に肩を叩かれた沙良は奥歯を軋らせた。
どうも沙良は最近、歩美たちの玩具と化しているような気がするが、抗議しても彼女たちは聞く耳を持たないだろう。
「おはよう」
雑談に興じていると、教室の後方の扉から茉奈が鞄片手に歩いてきた。
「茉奈。おはよ!」
「おはよう」
「遠坂さん、おはよう」
秀司が挨拶すると、茉奈の表情は微妙に強張った。
「うん、おはよう」
茉奈は取り繕うように笑い、ロッカーに鞄を入れてから沙良の右手首を掴んだ。
「ごめん、ちょっと彼女借りるねー。歩美たちも来て」
茉奈は片手を上げて秀司に「ごめん」というポーズを取りつつ、沙良の手を引き、廊下の端へと連れて行った。
廊下には沙良たちの他にも集まって談笑したり、階段から現れてそのまま自分の教室へ向かう生徒がいたが、声の届く距離には誰もいないことを目で確認して、茉奈が口を開く。
「もしかしたら。もしかしたら、なんだけど……やばいかもしれない」
茉奈の表情は真剣だが、話が抽象的過ぎて理解不能だ。
「やばいって、具体的に何が?」
里帆が眉根を寄せる。
「四組の井上ちゃんが教えてくれたの。西園寺《さいおんじ》が文化祭の日程を聞いてきたって。うちの文化祭に来る気かも」
「え。まさか、あいつ、まだ不破くんのこと狙ってんじゃないでしょうね?」
「嘘でしょ? もし不破くん狙いで来たら、神経疑うわ。あれだけのことをしといてさあ。そもそも彼氏いたでしょ? 別れたの?」
「そこまではわかんないよ。私だって井上ちゃんから、久しぶりに西園寺からラインが来たって教えてもらっただけだし……」
二人に問い詰められて、茉奈は困ったような顔をした。
「ねえ。西園寺って、誰?」
秀司に関する話題となっては黙っていられず、沙良は口を挟んだ。
「あー……なんていうか、ヤバい女。物凄い美少女だけど、同性には蛇蝎の如く嫌われるタイプ」
歩美は腕組みし、眉間に皺を作った。
「不破くんがアイドル辞めちゃって、女子に塩対応するようになったのもあいつのせいだよね……」
床の一点を見つめた里帆が呻く。
「!!」
『西園寺』の正体に思い当たり、全身に鳥肌が立った。
レンタルスタジオで過去のことを話したとき、秀司はその女の名前を最後まで言わなかった。
きっと、口にするのも嫌だったからだ。
「おはよう、にいんちょ。いやあ、今日からいよいよ文化祭ですね。愛しのダーリンの超レアなコスプレ姿、楽しみ過ぎて眠れなかったんじゃありませんか?」
「ま、まさか、そんなことないわよ!」
と言いつつ、実はめちゃくちゃ楽しみにしていた。
何しろ、当日のお楽しみと服飾係にガードされて、沙良は秀司のコスプレ姿をこれまで一度も拝んだことがないのだ。
超格好良い、着物姿ヤバい、とはしゃぐ女子たちの姿を見ていれば興味が湧くに決まっている。
「という割には目の下に隈があるような?」
「!?」
沙良は慌てて目元を隠したが、今朝鏡でチェックしたときはなかったことを思い出してすぐに手を離した。
しかし、沙良の行動で寝不足を見抜かれてしまったらしく、歩美と里帆はニヤニヤしている。
「にいんちょって本当にわかりやすいよねー」
「からかい甲斐があるわー。いやー、恋する乙女からでしか摂取できない栄養があるわー。今日は本当に頑張ろうね!」
満面の笑顔で里帆に肩を叩かれた沙良は奥歯を軋らせた。
どうも沙良は最近、歩美たちの玩具と化しているような気がするが、抗議しても彼女たちは聞く耳を持たないだろう。
「おはよう」
雑談に興じていると、教室の後方の扉から茉奈が鞄片手に歩いてきた。
「茉奈。おはよ!」
「おはよう」
「遠坂さん、おはよう」
秀司が挨拶すると、茉奈の表情は微妙に強張った。
「うん、おはよう」
茉奈は取り繕うように笑い、ロッカーに鞄を入れてから沙良の右手首を掴んだ。
「ごめん、ちょっと彼女借りるねー。歩美たちも来て」
茉奈は片手を上げて秀司に「ごめん」というポーズを取りつつ、沙良の手を引き、廊下の端へと連れて行った。
廊下には沙良たちの他にも集まって談笑したり、階段から現れてそのまま自分の教室へ向かう生徒がいたが、声の届く距離には誰もいないことを目で確認して、茉奈が口を開く。
「もしかしたら。もしかしたら、なんだけど……やばいかもしれない」
茉奈の表情は真剣だが、話が抽象的過ぎて理解不能だ。
「やばいって、具体的に何が?」
里帆が眉根を寄せる。
「四組の井上ちゃんが教えてくれたの。西園寺《さいおんじ》が文化祭の日程を聞いてきたって。うちの文化祭に来る気かも」
「え。まさか、あいつ、まだ不破くんのこと狙ってんじゃないでしょうね?」
「嘘でしょ? もし不破くん狙いで来たら、神経疑うわ。あれだけのことをしといてさあ。そもそも彼氏いたでしょ? 別れたの?」
「そこまではわかんないよ。私だって井上ちゃんから、久しぶりに西園寺からラインが来たって教えてもらっただけだし……」
二人に問い詰められて、茉奈は困ったような顔をした。
「ねえ。西園寺って、誰?」
秀司に関する話題となっては黙っていられず、沙良は口を挟んだ。
「あー……なんていうか、ヤバい女。物凄い美少女だけど、同性には蛇蝎の如く嫌われるタイプ」
歩美は腕組みし、眉間に皺を作った。
「不破くんがアイドル辞めちゃって、女子に塩対応するようになったのもあいつのせいだよね……」
床の一点を見つめた里帆が呻く。
「!!」
『西園寺』の正体に思い当たり、全身に鳥肌が立った。
レンタルスタジオで過去のことを話したとき、秀司はその女の名前を最後まで言わなかった。
きっと、口にするのも嫌だったからだ。