ひねくれ王子は私に夢中
「心配しなくても大丈夫だからな? あの子たちも、最後は『泣いちゃってごめんなさい』って言ってたし、きっぱり忘れますって言ってくれたし……」
 秀司は軽く顎を引き、上目遣いに沙良を見ている。

 まるで些細な失敗をしてしまい、親の顔色を窺う子どものようで、不覚にも可愛いなどと思ったのは内緒だ。

「ええ、大丈夫よ。気にしてないわ。だって、誰が何と言おうと秀司の彼女は私だもの」
 言い切ると、秀司は意外そうに目を見張り、それから微笑んだ。

「随分自信がついたみたいだな」
「そうね……いいえ。正直に言うと、本当は自信なんてないわ。虚勢を張ってるだけよ。泣きながら縋りつかれてる秀司を見たときは、表向き笑顔で接客していたけれど、内心どうなることかと冷や冷やしていたのが実情よ。まだまだ修行が足りないわ」
 頬を掻く。

「でも、いい加減、卑屈になるのは止めたの。秀司はもちろん、瑠夏も戸田くんも、他にも色んな人が応援してくれてるっていうのに、いつまでもグチグチ言ってられないでしょう?」
 特に瑠夏には背中を蹴飛ばされそうだ。

 今度は言葉ではなく、現実で。
 足を振り上げて、思いっきり、それこそ脳髄まで痺れるような一撃を。

「言い訳して逃げるのは簡単だけど、それって応援してくれる人に失礼だわ。だから、私は変わりたいの――いいえ、変わってみせる。そのために、これまで努力してきたんだから」
 長時間扇子を握り続けてきた右手を見る。

 手首は腱鞘炎になりかけたし、全身筋肉痛にもなった。
 それでも沙良は今日までずっと踊り続けてきた。

 全ては明日のステージで大成功を収め、皆に、秀司に――そして弱気な自分自身に、自分が秀司の彼女であることを認めてもらうためだ。

「明日、私は名実ともに秀司の彼女になるから。ブーイングとかありえないから。私に何を要求するつもりだったか知らないけど、残念だったわね?」
 唇の端をつり上げる。

 秀司は目をぱちくりさせた後、

「それは残念だ」
 言葉とは裏腹に、それはそれは楽しそうに、嬉しそうに笑った。

 沙良もつられて笑みが零れた。

 二人で笑い合う。

 そうしてつかの間、穏やかな時間が流れ――ふと、嫌なことを思い出して笑みが強張った。

(……西園寺さんがカップル成立を妨害して来たらどうしよう……いや、大丈夫よ! 石田さんも山岸くんも撃退するために協力してくれるって言ってくれたし! 個人によって積極性に差異はあれど、クラス全員の協力を取り付けたんだから、きっと大丈夫! 考えない考えない!! 今日を楽しまなきゃ!!)

 沙良は内心で激しく頭を振り、再びテーブルの整理整頓に戻った。

「…………?」
 秀司は急に沙良が冷静さを取り戻したことに違和感を覚えていたようだが、西園寺という名前を頭から追い出すのに必死の沙良は隣から向けられる視線に気づかなかった。
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