ひねくれ王子は私に夢中
委員長、壊れる
四日後の金曜日は朝から雨が降っていたが、沙良の機嫌は上々だった。
理由は左手に持っている保冷バッグの中にある。
(ふっふっふ。素晴らしいケーキができたわ)
十個以上の試作品を作り、やっとのことで完成したチョコレートケーキは我ながら会心の出来栄えだった。
直径6cmのセルクル型を使用して作ったミニケーキの上部には削ったチョコレートとホワイトチョコを飾り、側面にはアーモンドプラリネを塗りつけた。
見た目にはこだわったし、もちろん、肝心の味だって秀司好みになるよう何度も調整した。
試行錯誤の末にできたのは、そこまで甘すぎず、苦すぎない絶妙な味のビターチョコレートケーキ。
(まさに完☆璧! これなら絶対美味しいって言うはずだわ! 昼休憩が楽しみ!)
秀司の笑顔を思い浮かべてニヤニヤしていると、前方から視線を感じた。
見れば、校門前でそれぞれ赤と水色の傘を差した二人組の女子生徒が気の毒そうな顔をしている。
あれは完全に、可哀想なものを見る目だ。
(いけない。私ったら)
慌てて表情を引き締め、ただ歩くことだけに集中する。
登校中の生徒たちの流れに沿って校門を抜け、木々が植えられたちょっとした広場を通過し、やがて昇降口に着いた。
「……それ本当なの?」
立ち止まって傘を閉じていると、歩美の声が聞こえた。
反射的に振り向く。
歩美は二年一組に割り当てられた靴箱の前で茉奈と会話していた。
あの二人は近所に住んでいて、毎朝一緒に通学しているらしい。
「本当だって。本人がはっきりそう言うのを二組の田中くんが見たんだってさ。田中くんって、そういう変な嘘はつかない人でしょ?」
傘のボタンを留め終わり、沙良は彼女たちの元へ向かった。
「じゃあ事実かー。あーあ、ショックだなあ」
歩美は並べた自身の上履きに右足を入れながら眉根を寄せた。
「そりゃもちろん、誰を好きになるかは本人の自由で、あたしらに口出す権利はないんだけどさ。なんか拍子抜けっていうか、ガッカリだよね」
「うん。にいんちょ、大丈夫かな。ショックで卒倒したりしないかな」
「心配だよね」
「おはよう。なんの話をしてるの? 私が卒倒って、どういうこと?」
「わあ!」
話題にしていた人物がまさか目の前に現れるとは思わなかったらしく、歩美は文字通りに飛び上がって驚いた。
「お、おはようにいんちょ! いやいやなんでもないよ? 世間話してただけだよ? ねえ?」
「そうそう! じゃ、そういうことで! お先!」
歩美は茉奈とアイコンタクトし、開きっぱなしだった自身の靴箱の蓋を閉めてそそくさと去った。
「…………?」
不思議に思いつつも、雨に濡れたローファーから上履きに履き替え、傘立てに傘を入れてから彼女たちの後を追う。
廊下を歩き、階段を上る。
ただ階段を上っているだけなのに、あちこちから奇妙な視線を感じた。
思い切って振り返ると、沙良に続いて階段を上っていた女子生徒二人はさっと顔を背けた。
白々しく「雨はやだねー」「髪型も決まらないしさ、まいっちゃうよねー」などと語り出す。
(……なんなの? 石田さんたちといいこの人たちといい……そういえば、登校中も複数の生徒から同情的というか、やけに優しい眼差しを向けられた気がするわ)
校門前で沙良を見ていた女子生徒たちだってそうだ。
あの二人は、本当に沙良が怪しくニヤけていたからあんな気の毒そうな顔をしていたのだろうか?
もっと他に、何か別の理由があったのではないか?
(……何だろう?)
考えてもわかるはずもなく、沙良は首を捻りながら教室に向かった。
理由は左手に持っている保冷バッグの中にある。
(ふっふっふ。素晴らしいケーキができたわ)
十個以上の試作品を作り、やっとのことで完成したチョコレートケーキは我ながら会心の出来栄えだった。
直径6cmのセルクル型を使用して作ったミニケーキの上部には削ったチョコレートとホワイトチョコを飾り、側面にはアーモンドプラリネを塗りつけた。
見た目にはこだわったし、もちろん、肝心の味だって秀司好みになるよう何度も調整した。
試行錯誤の末にできたのは、そこまで甘すぎず、苦すぎない絶妙な味のビターチョコレートケーキ。
(まさに完☆璧! これなら絶対美味しいって言うはずだわ! 昼休憩が楽しみ!)
秀司の笑顔を思い浮かべてニヤニヤしていると、前方から視線を感じた。
見れば、校門前でそれぞれ赤と水色の傘を差した二人組の女子生徒が気の毒そうな顔をしている。
あれは完全に、可哀想なものを見る目だ。
(いけない。私ったら)
慌てて表情を引き締め、ただ歩くことだけに集中する。
登校中の生徒たちの流れに沿って校門を抜け、木々が植えられたちょっとした広場を通過し、やがて昇降口に着いた。
「……それ本当なの?」
立ち止まって傘を閉じていると、歩美の声が聞こえた。
反射的に振り向く。
歩美は二年一組に割り当てられた靴箱の前で茉奈と会話していた。
あの二人は近所に住んでいて、毎朝一緒に通学しているらしい。
「本当だって。本人がはっきりそう言うのを二組の田中くんが見たんだってさ。田中くんって、そういう変な嘘はつかない人でしょ?」
傘のボタンを留め終わり、沙良は彼女たちの元へ向かった。
「じゃあ事実かー。あーあ、ショックだなあ」
歩美は並べた自身の上履きに右足を入れながら眉根を寄せた。
「そりゃもちろん、誰を好きになるかは本人の自由で、あたしらに口出す権利はないんだけどさ。なんか拍子抜けっていうか、ガッカリだよね」
「うん。にいんちょ、大丈夫かな。ショックで卒倒したりしないかな」
「心配だよね」
「おはよう。なんの話をしてるの? 私が卒倒って、どういうこと?」
「わあ!」
話題にしていた人物がまさか目の前に現れるとは思わなかったらしく、歩美は文字通りに飛び上がって驚いた。
「お、おはようにいんちょ! いやいやなんでもないよ? 世間話してただけだよ? ねえ?」
「そうそう! じゃ、そういうことで! お先!」
歩美は茉奈とアイコンタクトし、開きっぱなしだった自身の靴箱の蓋を閉めてそそくさと去った。
「…………?」
不思議に思いつつも、雨に濡れたローファーから上履きに履き替え、傘立てに傘を入れてから彼女たちの後を追う。
廊下を歩き、階段を上る。
ただ階段を上っているだけなのに、あちこちから奇妙な視線を感じた。
思い切って振り返ると、沙良に続いて階段を上っていた女子生徒二人はさっと顔を背けた。
白々しく「雨はやだねー」「髪型も決まらないしさ、まいっちゃうよねー」などと語り出す。
(……なんなの? 石田さんたちといいこの人たちといい……そういえば、登校中も複数の生徒から同情的というか、やけに優しい眼差しを向けられた気がするわ)
校門前で沙良を見ていた女子生徒たちだってそうだ。
あの二人は、本当に沙良が怪しくニヤけていたからあんな気の毒そうな顔をしていたのだろうか?
もっと他に、何か別の理由があったのではないか?
(……何だろう?)
考えてもわかるはずもなく、沙良は首を捻りながら教室に向かった。