ひねくれ王子は私に夢中
 今日は着物で働いていると汗を掻くほどの陽気だというのに、彼女は『一年三組』と書かれた緑色のクラスTシャツの上に薄手のカーディガンを羽織っていた。

 紺色のカーディガンはかなり大きめで、彼女の手は半分ほど隠れ、指先しか見えない状態だ。

 彼女は可哀想なくらいに背中を丸め、この世の終わりみたいな顔をして足元に視線を漂わせている。

 左右にふらふらと頭を振りながら、落とした何かを懸命に探しているようだった。

(さて。面識のない一年生に上級生が声をかけるべきか、無視して通り過ぎるべきか)

 四階の教室では秀司が、楽しいデートが待っている――

 迷ったのはほんの一秒のことで、沙良は問題の女子生徒に歩み寄った。

「ねえ、そこのあなた。どうしたの?」
「え……」
 急に声をかけられたことに驚いたらしく、廊下に積み上げられていた机の下を屈んで見ていた彼女はびくっと肩を震わせてこちらを見上げた。

 ぱっちりした大きな二重の目が特徴の可愛い女子だった。

「初めまして。いきなり、しかもこんな格好でごめんね。怪しい人間じゃないから安心してね」
 片手で頭の狐耳を触ってから、その手を軽く振ってみせる。

「二年一組の花守っていいます。一応聞くけど一年生、だよね?」
「はい、一年です……三組の小林っていいます」
 怯えたような眼差しで彼女はそう名乗り、おっかなびっくり立ち上がった。
 彼女が立ったことで、小柄な彼女と沙良とは二十センチくらい身長差があることに気づく。

「良かった。先輩だったらタメ口を利いたことをお詫びしなきゃいけなかったから」
 警戒を解くために、沙良は愛想よく笑った。

「さっきから見てたんだけど、どうしたの? 何か落としたの? 困りごとなら手を貸すよ?」
「いえ。なんでもありません。大丈夫――」
「――には見えないから、声をかけたんだけど」
 台詞を先回りして言うと、小林は貝のように口を閉ざしてしまった。

「余計なお世話だったかな? 私の手助けが必要ないならこのままおとなしく自分の教室に戻るけど、どうしよう?」
 選択権を渡してその目を見つめると、小林は葛藤するように眉間に皺を刻み、俯いた。

 そのまま一秒。二秒。三秒――十秒。

「……困ってるなら素直にそう言ってもらえると助かるんだけども?」
 そろそろ待つのに飽きて苦笑すると、彼女は観念したように項垂れた。

「……はい。助けて下さると助かります。全て私が悪いんです……」
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