ひねくれ王子は私に夢中

めちゃくちゃ良い男

 翌日の日曜日、沙良はスマホのアラーム音で目を覚ました。

 半分寝ぼけたまま枕元のスマホを掴み、アラームを切ってロック画面を表示させると、そこには狐耳をつけたコスプレ姿の秀司がいる。

 秀司はカメラ目線で笑っている。
 この自然な笑顔を引き出すのは大変だったが、苦労した甲斐はあった。

 もちろん、ぬかりなくバックアップも取っている。
 この写真だけではなく、秀司に関するデータは全てだ。

(はあ……今日も世界で一番格好良い……そして可愛い……オタクが好きなキャラを『神』と崇める気持ちがわかるわ……)

 ベッドに横たわったまま一分ほどニヤニヤした後、沙良はスマホを置いて起き上がった。

 実物に会うための支度を整え、鞄を持って階下に下りていく。

 一階は静かだ。
 花守食堂で仕込みをしているらしく、両親の気配はなかった。

『店があるから見に行けないけど、秀司くんとのダンス頑張ってね』

 リビングのテーブルには広告の裏に書かれた母のメッセージと巻き寿司が用意されていた。

 床に鞄を置き、台所でコップに麦茶を注いで戻り、フードカバーを外して巻き寿司を食べ始める。

 テレビをつけて天気予報をチェックすると、太陽のマークが燦然と輝いていた。
 今日は大勢の一般客の来場が見込めそうだ。

(西園寺さん来るのかなあ……)
 中学の卒業アルバムの写真を歩美からラインで送ってもらったが、『西園寺(しおり)』はフランス人形のような容姿をしていた。

 緩やかにウェーブがかかった薄茶色の髪、つぶらな瞳、右目の下の泣き黒子、薔薇色の唇。

 交際を申し込む異性が殺到しそうなほど儚げで可憐な美少女だ。
 沙良と栞、どちらが秀司に相応しい容姿ですかと尋ねれば、十人中十人が迷いなく栞を指すだろう。

(でも、私が秀司の偽彼女なんだから。もしも西園寺さんが来ても毅然と対応しなくちゃ。今日は私の今後がかかった大事な日よ。誰であろうと邪魔なんてさせない)

 昨日は文化祭終了後、クラスの皆でカラオケをしようと山岸に誘われたのだが、沙良たち四人は誘いを断ってレンタルスタジオに行き、最後のダンス練習をした。

 瑠夏は沙良たちのダンスを見て「もう教えることはないわ」と弟子に免許皆伝をする師匠のようなことを言った。

 これまでの練習の日々を思い出しているのか、その表情は感慨深げだった。

 今日に至るまで、瑠夏と大和には本当に苦労をかけてしまった。

 恩義に報いるためにも、絶対に失敗できない。

(秀司の本物の彼女になる、そのために私は努力してきたのよ。それを、秀司の人生をめちゃくちゃにした張本人に邪魔されてたまるものですか。かかってくるならかかってきなさい! クラス全員で返り討ちにしてやるんだから!)

 闘志を燃やして大きく口を開け、母の想いが籠った巻き寿司を口いっぱいに頬張った。
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