ひねくれ王子は私に夢中
 予想通り、一般公開の今日は多くの客が妖怪喫茶を訪れた。

 相変わらず秀司は女性客に大人気だが、前日で耐性を作っていた沙良は心を無にして接客し、どうにか午前中を乗り切った。

「終わった……」
 十二時を回り、昼休憩に入って教室の扉が閉じられたその瞬間、沙良はため息交じりに呟いた。

 クラスでの仕事はこれで終わり。
 午後からは講堂へ行き、いよいよダンスの発表だ。

「だいぶお疲れのようね。まあ、気持ちはわからないでもないわ。目の前でモテまくる不破くんの姿をまざまざと見せつけられたらね。お前ら全員消滅しろ、こんなクソイベントとっとと終われ、と願うのも致し方ないことよ」
「いや、さすがにそこまでは思ってないけど……瑠夏って実は相当口が悪いわよね……」
 テーブルセット中に寄ってきた瑠夏に苦笑する。

「そうね。中学の一件であたしの性格は見事にひん曲がった。残念ながら二度と昔の自分に戻ることはできないわ。いまなら痴漢されても泣き寝入りなんかしない。社会的に殺してやる」

 物騒なことを淡々と言いながら、瑠夏は沙良の向かいで乱れた椅子を整えていく。

「なんか怖いこと言ってない? どうしたの? 客に何かされた?」
 次に寄ってきたのは心配そうな顔をした大和だ。

 頭からぴょこんと生えた狼の耳が可愛い彼もまた女性客から大人気で、午前中にはちょっとした撮影会みたいなことになっていた。

「いえ、そんなことはなかったわ。大丈夫よ。心配してくれてありがとう」
「そう? 何もないなら良かった」
 大和はほっとしたように笑い、厨房スペースのほうへ歩いて行った。

「…………」
 瑠夏は椅子の背もたれを掴んだまま大和の背中を眺めている。

「戸田くんのことが気になる?」
「気になる、というほどでもないけれど。良い人だと思うわ」
 瑠夏は長い睫毛を伏せて隣の席へ移動した。

 机が汚れていないか目視で確認し、椅子の位置を調整してはまた隣の席へ、その作業を繰り返していく。

(瑠夏が特に筋骨隆々でもない、ごく普通の男子を褒めるなんて珍しい……)

 何せ彼女は一般男子をモヤシと表現し、どんな美形であろうと異性にカウントしない人間だ。

 それが中学のときのトラウマに起因することは沙良もとうに気づいていた。

 彼女が筋肉を過度に愛するようになったのも、元を辿れば帰り道に佐藤に捕まり、「俺とカラオケに行こうぜ。俺の美声に酔わせてやるよ」などと寝言を吐かれて困っていたときに体格の良い男性が助けてくれたから。

 瑠夏にとって筋骨隆々な男性は自分を救ってくれた憧れのヒーローだが、必ずしも一般男子が恋愛対象にならないわけではない。
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