ひねくれ王子は私に夢中
「ねえ、瑠夏《るか》。今朝からどうも皆の様子がおかしいような気がするんだけど、何か知ってる?」
二時限目と三時限目の間に設けられた十分休憩中。
移動教室の間にも他クラスの生徒たちにやたらじろじろ見られたのが決定打となり、とうとう我慢できなくなった沙良は親友の席に行って尋ねた。
長谷部瑠夏《はせべるか》の席は教室のほぼ中央にあり、内緒話には全く適していないが、休憩時間中のクラスメイトたちはお喋りに興じており、いちいちこちらを注視する者もいなかった。
「そうね。知ってるけど教えない」
濡れ羽色の艶やかな髪を肩口で切り揃えた瑠夏は淡々と言った。
視線は手元の雑誌に落としたまま、こちらを一瞥もしない。
「どうして?」
「沙良にとって愉快な話じゃないからよ。ショックを受けるのが目に見えているわ」
「それでもいいから教えてよ。みんな、どうしちゃったの? 私、何かした? も、もしかして、『花守ムカつくから虐めようぜ』的なラインが回ってきてたりする……?」
びくびくしながら問う。
「違うわよ。むしろみんな沙良に好意的だからこその反応よ」
「何それ? ねえ、理由を知ってるなら、もったいぶらずに教えてよ。どうして何も言ってくれないの」
しびれを切らして、沙良は瑠夏の手から雑誌を奪い取った。
ちなみに瑠夏が読んでいたのは『月刊・筋肉』という、マッチョな男性や女性たちが特集されたなんともマニアックな雑誌だ。
クールビューティーと讃えられる瑠夏の嗜好は少々特殊で、彼女の目には秀司よりも筋骨隆々のラグビー部部長のほうが遥かに素敵に映るらしい。
「教えるまで返さない」
雑誌を胸に抱き、睨みつける。
卑怯な手だとは重々承知の上だが、どうしても沙良は理由を知りたいのだ。
「……仕方ないわね」
瑠夏はやれやれとでも言いたげな態度で嘆息した。
「なら聞くけれど。沙良は不破くんのことをどう思ってるの?」
「……何なの、いきなり。それいま関係ある?」
平静を装いながらも、動揺の証拠に返事は遅れた。
(聞いてないよね?)
内心ハラハラしながら秀司の席を見る。
トイレにでも行ったのか、そこに彼の姿はなかった。
不在だからこそ、瑠夏はそんな質問をぶつけてきたのかもしれない。
「正直に答えて。不破くんのことが好きなんでしょう?」
「ばばばっ、ばばばば馬鹿なこと言わないで!!」
動揺でうまく言葉が紡げず、壊れた蓄音機のように「ば」を繰り返す。
「不破くんは私のライバルだから! 宿敵だから! 好きになるとかありえないから!」
「なら、誓えるのね? 不破くんは沙良にとってただのライバルで、恋愛感情はないと」
あくまで瑠夏はクールだ。
「誓うわよ」
即答すると、瑠夏はしばらく無言で沙良を見つめた。
目を逸らすことなく、彼女の瞳をまっすぐに見返す。
すると、ややあって瑠夏は頷いた。
「なら支障はないだろうし、いいわ。教えてあげる」
「! うん! 何!?」
瑠夏の机に雑誌を置いてから両手をつき、勢い込んで尋ねる。
「単純な話よ。不破くん、彼女いるんですって」
「……………………………………………………え?」
長い長い、永遠に続くのではないかと思えるほどの沈黙の果てに、ようやく発せた言葉はそれだけだった。
(彼女が、いる?)
誰に?
(――不破くんに? 彼女?)
硬直している沙良を無視して、瑠夏は再び雑誌を広げた。
「まあ、恋愛感情がないなら彼女がいようといまいと関係な――」
「どこ情報っ!? 誰が言ったのそれ!? 本人!? それともただの噂!? 噂だよね!?」
沙良は口から唾を飛ばす勢いで言いながら身を乗り出し、がっしと瑠夏の両肩を掴んだ。
「……。言ってることとやってることが違――」
「いいから教えて!! 誰が言ったの!? ねえ誰が!? 嘘でしょうお願い嘘と言って!!」
「……泣いてるし。めちゃくちゃ好きなんじゃないの……」
瑠夏は呆れ顔をするばかりで、嘘だとは言ってくれない。
二時限目と三時限目の間に設けられた十分休憩中。
移動教室の間にも他クラスの生徒たちにやたらじろじろ見られたのが決定打となり、とうとう我慢できなくなった沙良は親友の席に行って尋ねた。
長谷部瑠夏《はせべるか》の席は教室のほぼ中央にあり、内緒話には全く適していないが、休憩時間中のクラスメイトたちはお喋りに興じており、いちいちこちらを注視する者もいなかった。
「そうね。知ってるけど教えない」
濡れ羽色の艶やかな髪を肩口で切り揃えた瑠夏は淡々と言った。
視線は手元の雑誌に落としたまま、こちらを一瞥もしない。
「どうして?」
「沙良にとって愉快な話じゃないからよ。ショックを受けるのが目に見えているわ」
「それでもいいから教えてよ。みんな、どうしちゃったの? 私、何かした? も、もしかして、『花守ムカつくから虐めようぜ』的なラインが回ってきてたりする……?」
びくびくしながら問う。
「違うわよ。むしろみんな沙良に好意的だからこその反応よ」
「何それ? ねえ、理由を知ってるなら、もったいぶらずに教えてよ。どうして何も言ってくれないの」
しびれを切らして、沙良は瑠夏の手から雑誌を奪い取った。
ちなみに瑠夏が読んでいたのは『月刊・筋肉』という、マッチョな男性や女性たちが特集されたなんともマニアックな雑誌だ。
クールビューティーと讃えられる瑠夏の嗜好は少々特殊で、彼女の目には秀司よりも筋骨隆々のラグビー部部長のほうが遥かに素敵に映るらしい。
「教えるまで返さない」
雑誌を胸に抱き、睨みつける。
卑怯な手だとは重々承知の上だが、どうしても沙良は理由を知りたいのだ。
「……仕方ないわね」
瑠夏はやれやれとでも言いたげな態度で嘆息した。
「なら聞くけれど。沙良は不破くんのことをどう思ってるの?」
「……何なの、いきなり。それいま関係ある?」
平静を装いながらも、動揺の証拠に返事は遅れた。
(聞いてないよね?)
内心ハラハラしながら秀司の席を見る。
トイレにでも行ったのか、そこに彼の姿はなかった。
不在だからこそ、瑠夏はそんな質問をぶつけてきたのかもしれない。
「正直に答えて。不破くんのことが好きなんでしょう?」
「ばばばっ、ばばばば馬鹿なこと言わないで!!」
動揺でうまく言葉が紡げず、壊れた蓄音機のように「ば」を繰り返す。
「不破くんは私のライバルだから! 宿敵だから! 好きになるとかありえないから!」
「なら、誓えるのね? 不破くんは沙良にとってただのライバルで、恋愛感情はないと」
あくまで瑠夏はクールだ。
「誓うわよ」
即答すると、瑠夏はしばらく無言で沙良を見つめた。
目を逸らすことなく、彼女の瞳をまっすぐに見返す。
すると、ややあって瑠夏は頷いた。
「なら支障はないだろうし、いいわ。教えてあげる」
「! うん! 何!?」
瑠夏の机に雑誌を置いてから両手をつき、勢い込んで尋ねる。
「単純な話よ。不破くん、彼女いるんですって」
「……………………………………………………え?」
長い長い、永遠に続くのではないかと思えるほどの沈黙の果てに、ようやく発せた言葉はそれだけだった。
(彼女が、いる?)
誰に?
(――不破くんに? 彼女?)
硬直している沙良を無視して、瑠夏は再び雑誌を広げた。
「まあ、恋愛感情がないなら彼女がいようといまいと関係な――」
「どこ情報っ!? 誰が言ったのそれ!? 本人!? それともただの噂!? 噂だよね!?」
沙良は口から唾を飛ばす勢いで言いながら身を乗り出し、がっしと瑠夏の両肩を掴んだ。
「……。言ってることとやってることが違――」
「いいから教えて!! 誰が言ったの!? ねえ誰が!? 嘘でしょうお願い嘘と言って!!」
「……泣いてるし。めちゃくちゃ好きなんじゃないの……」
瑠夏は呆れ顔をするばかりで、嘘だとは言ってくれない。