ひねくれ王子は私に夢中
『さっき』とは、秀司と屋台を回っていたときのことだ。
飲食物の購入を終えて座る場所を探していた沙良は、人ごみの中に長い髪をなびかせて歩く女性の背中を見つけた。
波打つ豊かな薄茶色の髪は陽光を浴びて金色に輝いていた。
まさか西園寺かと全身に鳥肌が立った沙良は思わず走って彼女の前に回り込み、その顔を確認した。
けれど、違った。
彼女は西園寺ではなく、大学生くらいの、全く知らない女性だった。
沙良は胸を撫で下ろして秀司の元へ戻り、どうしたのかと聞いてきた彼になんでもないと答えた。
秀司はそう、と答えて終わりにしてくれたが、思えばあれから口数が少なかった。
「……隠してることなんて……」
心の奥底まで見通そうとするかのような秀司の強い視線を受け止めきれず、俯く。
「あるだろ。言えよ。なんなんだよ。沙良は昨日からずっと様子が変だ。何か気になってることがあるんだろ?」
秀司は堰を切ったようにまくし立てた。
「昨日も、今日の午前中も、教室に客が来るたびにいちいちそれが誰かをチェックしてた。接客中もずっと気を張ってただろ。俺と一緒にいるときも、ふとした瞬間に暗い顔で考え込んでた」
語尾は強く、怒っているように聞こえる。
もちろんそれは心配の裏返しだ。わかっている。
(……私のことよく見てるなあ……)
嬉しくて、泣きそうだ。
「誰かに何か言われたのか? 脅されてる? なあ。正直に言えって」
焦れたように彼は右手で沙良の左手を掴んだ。
「俺がどうにかしてやる。どんな問題だろうと解決してやるから。力になるよ」
握られた手から彼の温もりが伝わってくる。
彼が沙良に向ける眼差しはひたすら真摯で、誠実だ。
だからこそ、胸が痛い。
(違うのよ。問題を抱えているのは私じゃなくて秀司なの。私のことより自分のことを心配してよ――)
奥歯を強く噛む。
これまで必死で隠してきたが、もう観念して言うべきなのだろうか。
辛そうな顔が見たくないから黙っていたのに、秀司にこんな顔をさせてしまうなら意味がない。
「どうしても俺には言えないっていうなら、親友の長谷部さんに相談することはできない?」
自制を働かせたのか、秀司の声が優しいトーンに変わった。
「ご家族とか。梨沙ちゃんはどう? 趣味は少し変わってるけど、優しい子だから、姉が困ってると知ったらきっと助けてくれるはず――」
どうにか沙良を元気づけたくて必死なのがわかって、――もう限界だった。
「違う」
沙良は頭を振った。
赤いシュシュをつけたサイドテールがふらふら揺れる。
「違う?」
秀司が戸惑ったように聞き返してくる。
沙良は思い切って秀司と目を合わせ、ついに言った。
「……秀司が心配するべきなのは私じゃなくて秀司自身よ。遠坂さんが教えてくれたの。遠坂さんの友達に、西園寺さんが文化祭の日程を聞いてきたって。もしかしたら今日、秀司に会いに来るかもしれない」
果たして彼はどんな顔をするのだろう。
驚愕、戸惑い、怒り、絶望――
しかし、彼が次に浮かべた表情はそのどれとも違った。
「なんだ……そんなことか」
彼は心底安堵したように苦笑した。
わずかに下がった肩が、緊張に強張っていた筋肉から力を抜いたことを示している。
「……そんなこと?」
呆気に取られて彼を見る。
芸能人を招致したイベントが始まったらしく、校舎内の様々な音や声に交じって、グラウンドのほうから人々の歓声が聞こえてきた。
飲食物の購入を終えて座る場所を探していた沙良は、人ごみの中に長い髪をなびかせて歩く女性の背中を見つけた。
波打つ豊かな薄茶色の髪は陽光を浴びて金色に輝いていた。
まさか西園寺かと全身に鳥肌が立った沙良は思わず走って彼女の前に回り込み、その顔を確認した。
けれど、違った。
彼女は西園寺ではなく、大学生くらいの、全く知らない女性だった。
沙良は胸を撫で下ろして秀司の元へ戻り、どうしたのかと聞いてきた彼になんでもないと答えた。
秀司はそう、と答えて終わりにしてくれたが、思えばあれから口数が少なかった。
「……隠してることなんて……」
心の奥底まで見通そうとするかのような秀司の強い視線を受け止めきれず、俯く。
「あるだろ。言えよ。なんなんだよ。沙良は昨日からずっと様子が変だ。何か気になってることがあるんだろ?」
秀司は堰を切ったようにまくし立てた。
「昨日も、今日の午前中も、教室に客が来るたびにいちいちそれが誰かをチェックしてた。接客中もずっと気を張ってただろ。俺と一緒にいるときも、ふとした瞬間に暗い顔で考え込んでた」
語尾は強く、怒っているように聞こえる。
もちろんそれは心配の裏返しだ。わかっている。
(……私のことよく見てるなあ……)
嬉しくて、泣きそうだ。
「誰かに何か言われたのか? 脅されてる? なあ。正直に言えって」
焦れたように彼は右手で沙良の左手を掴んだ。
「俺がどうにかしてやる。どんな問題だろうと解決してやるから。力になるよ」
握られた手から彼の温もりが伝わってくる。
彼が沙良に向ける眼差しはひたすら真摯で、誠実だ。
だからこそ、胸が痛い。
(違うのよ。問題を抱えているのは私じゃなくて秀司なの。私のことより自分のことを心配してよ――)
奥歯を強く噛む。
これまで必死で隠してきたが、もう観念して言うべきなのだろうか。
辛そうな顔が見たくないから黙っていたのに、秀司にこんな顔をさせてしまうなら意味がない。
「どうしても俺には言えないっていうなら、親友の長谷部さんに相談することはできない?」
自制を働かせたのか、秀司の声が優しいトーンに変わった。
「ご家族とか。梨沙ちゃんはどう? 趣味は少し変わってるけど、優しい子だから、姉が困ってると知ったらきっと助けてくれるはず――」
どうにか沙良を元気づけたくて必死なのがわかって、――もう限界だった。
「違う」
沙良は頭を振った。
赤いシュシュをつけたサイドテールがふらふら揺れる。
「違う?」
秀司が戸惑ったように聞き返してくる。
沙良は思い切って秀司と目を合わせ、ついに言った。
「……秀司が心配するべきなのは私じゃなくて秀司自身よ。遠坂さんが教えてくれたの。遠坂さんの友達に、西園寺さんが文化祭の日程を聞いてきたって。もしかしたら今日、秀司に会いに来るかもしれない」
果たして彼はどんな顔をするのだろう。
驚愕、戸惑い、怒り、絶望――
しかし、彼が次に浮かべた表情はそのどれとも違った。
「なんだ……そんなことか」
彼は心底安堵したように苦笑した。
わずかに下がった肩が、緊張に強張っていた筋肉から力を抜いたことを示している。
「……そんなこと?」
呆気に取られて彼を見る。
芸能人を招致したイベントが始まったらしく、校舎内の様々な音や声に交じって、グラウンドのほうから人々の歓声が聞こえてきた。