ひねくれ王子は私に夢中
宴の後で
十月下旬の月曜日、昼休憩開始から五分後。
(……や……や……)
中間テスト結果が貼り出された三階廊下の掲示板の前で、沙良は両手を強く握り、かつて感じたことのないほどの感激に打ち震えていた。
「えっ、今回花守さんが一位なの? 不破くんじゃなくて?」
「へー、珍しいこともあるもんだなあ」
「不破くんが五位以下になるとこ初めて見たよ。体調でも悪かったのかな」
周囲の生徒たちは掲示板を見て意外そうに囁き合っている。
『1位 花守沙良 463点』
目を擦って何度見ても、成績順位表には美しい毛筆でそう書かれていた。
頬を摘まんで引っ張ってみても痛いし、これは夢ではなく現実だ。
(やったあああああああああ――!!)
沙良はその場で飛び跳ねたい衝動を堪え、胸中で涙を流して万歳三唱した。
秀司はといえば、今回はたまたま調子が悪かったのか、それとも文化祭のダンス練習とバイトが響いたのか、七位という結果だった。
すなわち、いまこそ復讐のチャンスである。
(これまで散ッ々馬鹿にされてきたんだから、やり返しても罰は当たらないわよね!!)
沙良は元気よくその場で90度回転し、隣に立つ秀司に狙いを定めて一等星よりも強く目を光らせた。
「負けたわね? 負けちゃったわね? とうとうついに負けちゃったわね!?」
「ああ、残念ながらそうみたいだな……」
悔しいのか、秀司は目を逸らした。
「あらあらまあまあ。一応今日も念のため手作りケーキを用意してたんだけど、その必要はなかったわねえ。あのケーキ、一週間かけて作った力作だったのに、食べてもらえなくて残念だわあー。長いこと秀司の胸で光ってたそのバッジも今日から私のものねー」
ニヤニヤしながら右手の人差し指を伸ばして持ち上げる。
「いまどんな気持ち? ねえねえ、どんな気持ち?」
ここぞとばかりに秀司の頬を人差し指でグリグリする。
(これまでのお返しよ!! この一年半、積もりに積もったこの屈辱、倍返してやるんだから!!)
「止めろよ」
秀司は弱々しい声で言って逃げようとしたが、沙良は腕をがしっと掴み、逃げることを許さなかった。
「いーえ!! 負けましたごめんなさいってひれ伏すまで私はこの手を止めないわ!! 約束は覚えてるわよね、秀司にはウェディングケーキ張りに大きなケーキ作ってもらうから!! 秀司の手作りケーキ楽しみだわーあーはははははは!! とうとう私の時代が来たー!!!」
「にいんちょ、これ以上ないくらいわかりやすく調子乗ってるなあ……」
斜め後ろにいる歩美の小さな呟きを、沙良の耳は聞き逃さなかった。
「石田さん! 私はもう二位じゃないんだから『にいんちょ』は廃止!!」
沙良は『ぐりんっ』という擬音がつくほどの勢いで首を巡らせ、ビシッと歩美を指さした。
「あ、はい、すみません。仰る通りです。今日からは委員長に格上げですね、失礼しました」
逆らえば面倒くさいことになりそうだと思ったのか、歩美は即座に頭を下げた。
「そうよ! わかればいいの! なんたって私、1位ですからー? あの不破秀司を抜いて1位ですからー学年トップに君臨しちゃった女ですからー!!」
片手で腰を掴み、顎の下に手をやり、高飛車なお嬢様ポーズで高笑いしていたときだった。
「いっけなーい、大変大変ー」
少女漫画でよくある『いっけなーい、遅刻遅刻ー★』のテンションで誰かが廊下を走ってきた。
そちらを向けば、走ってきたのは食パンを咥えたうら若き女子高生ではなく、左手に大きな定規を、右手に筆ペンを持った強面の学年主任(五十歳前後の男性)だった。
通りで女子高生の高い声ではなく、野太い声がしたわけである。
(……や……や……)
中間テスト結果が貼り出された三階廊下の掲示板の前で、沙良は両手を強く握り、かつて感じたことのないほどの感激に打ち震えていた。
「えっ、今回花守さんが一位なの? 不破くんじゃなくて?」
「へー、珍しいこともあるもんだなあ」
「不破くんが五位以下になるとこ初めて見たよ。体調でも悪かったのかな」
周囲の生徒たちは掲示板を見て意外そうに囁き合っている。
『1位 花守沙良 463点』
目を擦って何度見ても、成績順位表には美しい毛筆でそう書かれていた。
頬を摘まんで引っ張ってみても痛いし、これは夢ではなく現実だ。
(やったあああああああああ――!!)
沙良はその場で飛び跳ねたい衝動を堪え、胸中で涙を流して万歳三唱した。
秀司はといえば、今回はたまたま調子が悪かったのか、それとも文化祭のダンス練習とバイトが響いたのか、七位という結果だった。
すなわち、いまこそ復讐のチャンスである。
(これまで散ッ々馬鹿にされてきたんだから、やり返しても罰は当たらないわよね!!)
沙良は元気よくその場で90度回転し、隣に立つ秀司に狙いを定めて一等星よりも強く目を光らせた。
「負けたわね? 負けちゃったわね? とうとうついに負けちゃったわね!?」
「ああ、残念ながらそうみたいだな……」
悔しいのか、秀司は目を逸らした。
「あらあらまあまあ。一応今日も念のため手作りケーキを用意してたんだけど、その必要はなかったわねえ。あのケーキ、一週間かけて作った力作だったのに、食べてもらえなくて残念だわあー。長いこと秀司の胸で光ってたそのバッジも今日から私のものねー」
ニヤニヤしながら右手の人差し指を伸ばして持ち上げる。
「いまどんな気持ち? ねえねえ、どんな気持ち?」
ここぞとばかりに秀司の頬を人差し指でグリグリする。
(これまでのお返しよ!! この一年半、積もりに積もったこの屈辱、倍返してやるんだから!!)
「止めろよ」
秀司は弱々しい声で言って逃げようとしたが、沙良は腕をがしっと掴み、逃げることを許さなかった。
「いーえ!! 負けましたごめんなさいってひれ伏すまで私はこの手を止めないわ!! 約束は覚えてるわよね、秀司にはウェディングケーキ張りに大きなケーキ作ってもらうから!! 秀司の手作りケーキ楽しみだわーあーはははははは!! とうとう私の時代が来たー!!!」
「にいんちょ、これ以上ないくらいわかりやすく調子乗ってるなあ……」
斜め後ろにいる歩美の小さな呟きを、沙良の耳は聞き逃さなかった。
「石田さん! 私はもう二位じゃないんだから『にいんちょ』は廃止!!」
沙良は『ぐりんっ』という擬音がつくほどの勢いで首を巡らせ、ビシッと歩美を指さした。
「あ、はい、すみません。仰る通りです。今日からは委員長に格上げですね、失礼しました」
逆らえば面倒くさいことになりそうだと思ったのか、歩美は即座に頭を下げた。
「そうよ! わかればいいの! なんたって私、1位ですからー? あの不破秀司を抜いて1位ですからー学年トップに君臨しちゃった女ですからー!!」
片手で腰を掴み、顎の下に手をやり、高飛車なお嬢様ポーズで高笑いしていたときだった。
「いっけなーい、大変大変ー」
少女漫画でよくある『いっけなーい、遅刻遅刻ー★』のテンションで誰かが廊下を走ってきた。
そちらを向けば、走ってきたのは食パンを咥えたうら若き女子高生ではなく、左手に大きな定規を、右手に筆ペンを持った強面の学年主任(五十歳前後の男性)だった。
通りで女子高生の高い声ではなく、野太い声がしたわけである。