ひねくれ王子は私に夢中
(本当なんだ……)
 膝から力が抜けて、沙良はへなへなとその場に座り込んだ。

 夏休み明けテスト結果を突きつけられた月曜日のように――いや、あの日以上の絶望に打ちひしがれ、肩を落として項垂れる。

「ちょっと、沙良? 汚れるわよ? 聞いてる?」
 瑠夏が立ち上がり、沙良の隣に屈んで顔を覗き込んできたが、反応する余裕がない。

(彼女がいる……)
 頭の中を支配するのはそればかり。

 世界が急速に色を失っていく。
 見慣れた教室の風景が全て灰色に見える。

「彼女、いるんだ……そっか……そりゃそうだよね……あんなに格好良いんだもの、彼女の一人や二人、いや、五人や十人いてもおかしくないよね……」
 虚ろな瞳でぶつぶつ呟く。

「もしそれが本当なら不破くんは最低なクズ野郎になり下がるんだけど、そんな男でいいの?」
 瑠夏が何か言っているが聞こえない。

「……そっかあ……彼女いたんだ……なら、張り切ってケーキなんて作らないほうが良かったよね……私ったらそうとも知らず、何回も渡しちゃって、彼女さんに悪いことしちゃったな……もし彼女さんに会う機会があれば謝んなきゃな……はは……あはは……はは……」

「沙良? 大丈夫? 目が逝ってるわよ?」

「……ははあははうふふふえへへへふひひひひ……」

 かくかくと身体を揺らしながら笑う。
 笑うつもりはなかったのだが、口から勝手に笑い声が漏れていた。

「凄い。ホラー映画に出てきた呪いの人形そっくりだわ」
「に、にいんちょ、大丈夫?」
 クラスメイトの誰かがやってきたらしく、遠くから声がする。

 いや、割と近くなのだろうか。
 もう距離感すらもわからない――何もかもがわからない。
 わかりたくもなく、そのまま沙良の意識はぷっつりと切れた。

 ◆   ◆   ◆

 花守沙良は自他ともに認める優等生だった。
 小中ともにクラス委員をし、中学では生徒会選挙を勝ち抜いて生徒会長をも務めた。

 応援演説をした瑠夏は沙良が初めて生徒会長として登壇したときのことをよく覚えている。

 全校生徒の前で胸を張って挨拶する彼女の姿は親友の贔屓目を抜きにしても美しかった。

 きっと彼女はこれからも変わることなく、人の輪の中心で美しく在るのだろうと思っていた。

 ――の、だが。

(まさかたった一度の恋でここまで変わるとはねえ……)

 気絶している親友を見て、しみじみと思う。

 白目を剥いたその姿は残念そのもので、そこに美しさなど欠片もなく、ついでに言えば品性も知性も全く感じられない。

 これが大勢の生徒に慕われた生徒会長の未来の姿とは、誰が想像しえただろう。

「うーむ。どうするよこれ」

 教室の床に座り込んだまま気絶している沙良を見下ろして言ったのはクラスのお調子者、山岸達雄《やまぎしたつお》だ。

 二年一組の生徒たちはクラス委員長の危機に集合し、一致団結して事態の解決に乗り出していた。

 これも沙良の人徳と言える。
 面倒見が良い沙良は皆から愛されていた。
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