ひねくれ王子は私に夢中
「好きな子のことは、いつだって見ていたいものなんだよ」
 さらりとそんなことを言われたものだから、沙良の顔はトマトのように赤くなった。

(な、なんて答えれば良いのかわからない……)

 赤い顔を伏せていると、秀司がケースから指輪を摘まんで取り上げ、沙良の左手を取って薬指に嵌めた。

 不思議なことにサイズはピッタリだった。

「え、ピッタリなんだけど。どうして? いつ測ったの?」
 再び驚いて秀司を見る。

「梨沙ちゃんに協力してもらった」
「ああ」
 同じ家で暮らしている妹ならば、沙良が寝ている隙にこっそり部屋に入ってきて指のサイズを測るくらい朝飯前である。

 梨沙は秀司のことが大好きで、「秀司さん」と呼んで慕っている。
 この前は趣味で集めている『猟奇ウサギシリーズ』のレアグッズを貰ったと喜んでいた。

 最初から「イケメン」とはしゃいでいた母は言わずもがな。

 秀司のことを嫌っていた父すらも最近では「月末の日曜日は店を臨時休業にして秀司くんと釣りに行く」と宣言し、張り切って釣り道具の手入れをする始末だ。

(中間テスト結果発表後の茶番に付き合わされてた権平先生だってそうよ。権平先生は厳しくて、絶対あんなことするキャラじゃないのに、秀司は一体どんな魔法を使ったのかしら。他の生徒たちも、誰一人文句を言わずに協力するなんて、ちょっと普通じゃないわよね)

 みんなが秀司の虜だ。
 そして沙良も、いつの間にか虜になってしまった。

(きっと、出会ったその瞬間から、私は恋に落ちていた)

 いまはもう、秀司のいない人生なんて考えられないくらい彼に夢中だ。

 惚れた方が負けというのなら、この先沙良に勝ち目などあるわけがない。

「どう? 気に入った?」
 秀司は自分の左手首をくるりと回し、手の甲をこちらに向けた。

 彼の薬指ではお揃いの指輪が光っている。

「気に入らないわけがないでしょう。初めて秀司を見たときと同じく一目惚れよ。もうベタ惚れだわ」
「それは何より。実は、俺も沙良にベタ惚れなんだ」
 秀司は愉快そうに笑い、ベンチから立ち上がって両手を広げた。

 此処には二人きりで、何をしようと目撃者はいない。

 冷たく無視されたあの春の日とは違い、彼はその美しい瞳でまっすぐに沙良を見つめて微笑っている。

 だから、躊躇う理由など何一つなかった。

「……ああ、全く! 秀司には敵わないわ!」

 指輪のケースを宝物のようにそっとベンチに置いて、笑いながら秀司の腕の中に飛び込む。

「今頃気づいたの?」
 そう言って、秀司は沙良の唇に優しいキスを落とした。


《END.》
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