婚約に至らない私の呪いは溺愛してくる義兄の策略でした
メルロという宿屋で世話になることも多いから、手紙ならそこへ預けて欲しいと言われフィリップとは街はずれで別れた。
ロバートは彼をどこかで見た覚えがある気がすると首を傾げていたが、おそらくどこぞの貴族の子息だろうから、ルシアスについて回っているときに見かけたことがあるのだろう。
新たな出会いを得たことに心が浮き立ちながら、一方でこの状況はおそらくマーサやクロエに質問攻めにされるだろうと覚悟を決めて、馬車に揺られて家路を急ぐ。気づけば日暮れだ。頂いたアンダンテのお菓子は、ラインハルトやトーマだけでなく、マーサたちへも流さなくてはならない。
──ルシアスには、なんと報告したらいいだろう。
学友であればまだ言いやすい気がした。
同じ学び舎で過ごす間柄で、出会い方も身分もはっきりしている。けれど、私はただのフィリップである彼に偶然出会ってしまったのだ。
しかも友人とはいえ、二十歳の独身男性(美青年)をいかように伝えるべきかと迷う。フィリップは私の呪いじみた縁談の話にほとんど触れなかった。私はそれがとてもありがたかったが、未婚の年の近い男女が知り合えば、周りのほうがきっと黙っていないだろう。
彼はとてもいい人で、好青年で、きっとあの様子では家柄もいい。
でももし、私との縁談が持ち上がって、いつものようにまた話が流れるようなことになったとしたら──友人に戻ることなど、果たしてできるのだろうか。
浮足立って膨らんでいた心がしぼんでいく。
帰宅を告げて、そのまま離れの屋敷に戻ると、出迎えてくれたマーサにすぐさま部屋に向かうように言われた。
マーサはとにかく早くと急かすので、私はよくわからないままにフィリップからの土産を彼女に託し、ラインハルトとトーマの分を残してあとは使用人たちで分けて構わないと言づけて自室のドアを開ける。
「──遅かったな」
低く響く声にぎょっとした。
薄暗い私の部屋の長椅子で、まるで主のごとく優雅に長い脚を組んで、ルシアスがいたのだ。
「ルシェ!? な、なん……お戻りになるのは、もっと先のご予定では……」
「顔が見たくて戻ってきた」
「か、かお……」
「おまえのだ、ソフィア」
言葉の通りならばご希望の顔は目の前にあるはずなのに、ルシアスは腹立たしさも露わに眉間にしわを寄せ、冷酷な眼差しで射殺すように私を睨みつけた。
「誰と会っていたか説明しろ」
私はどうやら、魔王の逆鱗に触れたらしい。