婚約に至らない私の呪いは溺愛してくる義兄の策略でした

(3)

 あろうことか、ルシアスの不在中の私の行動は、ロバートから包み隠さず逐一ルシアスに報告されていた。
 街中でお転婆をはたきそうになったことも、そこで青年に助けられ、彼の手当をしたことも、昨日私宛に彼から手紙が届き、私が誘いを受けたという話は、昨日の夜の時点で早馬が領地に向かいルシアスの耳に入った。
 そこまでする必要がどこにあるというのか。

「──それで、その、とても気さくな方で話が合いまして、いろいろとお話をしておりましたらこのような時間に……」
「ほう」

 私は魔王様のご機嫌が大変よろしくないため、逆らえず長椅子の上で膝立ちになりルシアスの頭を胸に抱いていた。しっかり腰を抱かれて離れることができない。
 なぜ。
 なぜこの恰好を強いる。しかもイチャイチャしているのではなく、私は問い詰められているのだ。

「汗の匂いがするな」

 胸元に鼻先をうずめてルシアスが冷たい青灰の目を上げる。

「ずっと、そ、外にいたので……においますので、離れて」

 腰を抱く腕の力が強まった。なんだかギチギチしています魔王様、ギチギチ!

「ル、ルシェ……」
「なんだ」
「私、その方と友人になりました」
「どこの誰かも知らんのにか」
「でも、い、いい方です。明るくて、素直で好青年という感じがし、て」

 ルシアスは私の肩を掴むとぐっと引き寄せ、思わずのけぞる私の喉元に唇を這わせる。
 ひぃい食われる! 最悪喉笛を食いちぎられる!

「続けろ」
「何を、して……」
「続けろと言った」

 低く冷たい声がすぐそばで響く。

「だだだから、ええとその……わ、私、ライリーに将来はああいったふうに育ってほしくて!」
「……なんだ、その親みたいな目線」
「だ、だって、ライリーならルシェと似て、誰もが振り返る美形に成長するのは確定しているでしょう? でもルシェは一見するととっつきにくいところがあると言いますか、冷たい印象があって、それはそれでルシェの魅力だと思うんですが、ライリーにはもっとこう朗らかぁみたいな、明るい雰囲気でいてくれたほうが交友関係の幅も広がるかなと」
「まぁわからんではないな。それで? そのフィリップとかいう男とどうつながる」

 気がそれたのか、喉笛を食い散られることなく私は解放された。
 助かった。山小屋エンドではなくここで死ぬのかと思った。ルシアスの隣に座らされ、ようやくの安堵に息を整えると、頬杖をついて私を眺める彼に目を向けた。

「彼、所作に品があって、きっとそれなりのお家の方だと思うんですよ。ですので、友人という関係なら、時々彼にライリーの家庭教師を頼めないかなと思った次第です」
「打算か」
「ち、違いますよ。もともとライリーがもう少し大きくなったら、別な教師をつけてくれるようお義父様にお願いしようと思っていたんです。私では教えられることにも限界がありますし、私以外の方にいろいろなことを教わったり、触れ合う機会と言うのも重要だろうと。もちろん彼がどこの方なのかはまだわかりませんし、それを見極める必要はありますけど、フィリップなら物腰というか雰囲気というか、ライリーとも合いそうでしたし、話していた限りとてもいい人でしたから。本当に好青年! 面接が必要ならルシェも会ってください」

 力説したものの、あまり響いてはいないようだった。

「おまえの結婚相手としては?」
「……そういう話はもういいです。婚約者はいないそうで、素敵な方に見えましたけど、これでまたいつもの調子でダメになって、友達ですらいられなくなるようなら立ち直れません」
「話を向けられたら断るということか? いい男なんだろう?」
「少なくとも私にその気はないということです。あちらのほうが年上ですし、まだ深く知った方でもないので何ともですけど、エディみたいな感じと言って伝わりますか?」

 エディとは、アンジェリカとエディオムという双子の姉弟の弟のほうで、どちらも天真爛漫で明るく、どちらもが私の親友と呼べる人たちだった。本当に数少ない友であり、ふたりはなんとオーウェル公爵の末の子供たちで、ルシアスの友人・ウィリアムの弟妹にあたる。

「なるほど、わかった」
「ご理解くださってありがとうございます。焚きつけられたくもありませんし、できればお義父様とお母様の耳にもフィリップのことは黙っていようと思っていますので、ルシェも」
「ああ。言わずにおく」

 ルシアスは静かに微笑んだ。
 魔王様の機嫌はどうやら直ったらしい。
 彼は低く喉を鳴らして笑いながら、ふと私の腰に腕を回して抱き寄せた。笑い方にフィリップのような爽やかさが一切ない。

「何を笑って、というか何をしてるんです」
「いや。何でもない。気分がいいんだ」

 さっきまであんな恐ろしい雰囲気をまとっておいて何を言っているのか。病気か? 怪訝が顔に書いてあったのか、ルシアスは微笑みながら「ソフィ」と私の名を呼んだ。

「明日は俺に一日くれないか。出かけよう」


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