婚約に至らない私の呪いは溺愛してくる義兄の策略でした

 割って入りつつ目配せをすると、近くにいた給仕がすぐさま改めて私たちのテーブルを整えてくれた。
 しばらくの間、お茶やお菓子を楽しんで、互いの近況について話し、それからアンジェリカとエディオムはそれぞれ勝負のために意気込んで席を立っていった。

「まったく、うちの双子は本当にソフィと同じ歳なのかね。落ち着きというものがいっそない」
「おまえが言えた義理か」
「アンジーもエディも、政務官として立派に勤めていらっしゃるではありませんか」
「まぁ確かに? あの子たちは賢いし、それは兄としても誇りに思う。その立派な政務官殿が、どちらがイケてる相手を見つけられるかなんて人間カードバトルで勝負してるんだから、この国の未来も明るいよ」

 俳優よろしく肩を竦めるウィリアムに小さく笑っていると、彼は明るい色の瞳を私に向けた。

「君も立派だ、ソフィ。ルシアスの補佐をしてくれていると聞いたよ」
「補佐と呼べるほどのことでは。以前より少し時間を増やした程度のことで、大したことをしているわけではありませんわ」
「でも、君のおかげでルシアスは確かに仕事がしやすくなったんだよ。それは君の成果なのだから誇っていい。君が補佐についてからというもの、何から手を付ければいいか書類の優先順位は明確で、スケジュールにも無理がない。意見を問えば求めていた以上のことが返ってくる。託したことは適確、計算が早くて字も綺麗。ま、ぜーんぶルシアスが僕に惚気ていたことなんだけど」
「ウィル!」

 鋭く飛んだ声にルシアスを見やれば、珍しいことに耳が赤い。

「ルシェ……」
「……ティムやロバートの手前、おまえだけ褒めるわけにいかないだろ」

 ならばウィリアムが言ったことを事実ルシアスも思っていたということだ。行動が認められたことは素直に嬉しかった。ここで前世の社畜経験が生きるとは、人生はわからないものだ。

「ありがとうございます、お兄様。ウィル様も」
「どういたしまして。思っていることは口に出さなきゃ伝わらないし、貢献は称えてこそだ。いいなぁ、僕だって、ソフィみたいな子がそばにいてくれたらきっと仕事もはかどる。眺めて一日が終わるだけかもしれないけどね」
「ウィリアム様もそろそろ一所に腰を据えられてはいかがですか? ウィリアム様の才気は誰もが認めるところでしょう」
「考えてはみているものの、僕もソフィと同じで自分で何かをするというより、誰かのサポートのほうが実力を発揮できるタイプだと思っているんだよね」
「では、宮仕えされては」
「そういうのは向いてないかなぁ」
「希望か何かお持ちなんですか?」
「うーん……やっぱり吟遊詩人かなぁ」

 要するにこいつは働きたくないんだ、とルシアスは友をばっさり言い捨てた。
 ややあって私たちは、よかったら家で飲みなおさないかというウィリアムに着いて、パーティー会場を後にすることになった。
 実は、目の端でずっとリリーナを探していたものの、私はそれらしき令嬢がわからずにいた。
 挨拶周りの時にもリリーナという名前は聞かず、独身で美形の次期侯爵として人気のルシアスに視線や声をかける令嬢は多かったが、ルシアスは彼女たちの送る明らかな秋波を華麗に無視し、セット品とばかりに常に私を横に置いた。
 だから、パーティーの開始から現時点までにリリーナと遭遇していないことは確かだ。もしここで出会わなかったとしたら、来年、あるいは別な機会なのだろうか。

「あ」
「どうした?」
「申し訳ありません、日傘を置いてきてしまいました」

 会場を出ようとしたところで気が付いた。考え事をしていたせいで、テーブルの端にそのままになってしまったのだ。

「戻って取ってまいりますので、馬車でお待ちを」
「いい。俺が取ってくる」
「でも」

 言いかけたところで、ルシアスは「すぐに戻る。ウィル、ソフィを」と言って踵を返していた。

「はぁい、任せて。──ルシアスは心配性だからね。あちらには悪い虫がいるかもしれないから、君をひとりで行かせたくないんだよ。ところで、美しい人、このままふたりで馬車乗ってどっか行っちゃわない?」
「悪い虫がここにもいるんですけど……」
「昔からつれないよねぇ、ソフィって」

 ふたりで笑っていると、ふと人の気配にウィリアムの視線が動いた。

「ソフィ。やっと見つけた! ああ、あまりに美しくて、見違えたよ」
「フィル!」

 振り返れば、そこにいたのはフィリップだった。
 パーティーには彼も出席するとは聞いていたものの、会場に見当たらず急用でもできたのだろうかと思っていたところだ。
 鮮やかな金髪に、左肩にかかる鮮やかな青のマント。白を基調した正装が、彼の見目と会わされるとまるで正統派の王子様のようだ。
 その時ふと、私はこの光景に見覚えがあるような気がした。既視感として脳裏に想い浮かんだのは、小説の表紙イラストで、ピンクゴールドの髪の可憐な少女の傍らにいる王子がちょうど目の前のフィリップと同じ──

「フィリップ殿下!」
「やあ、オーウェル公のところのウィリアムか。久しいね」

 ──殿下?
 思わずウィリアムを仰ぎ見ると、彼もまた瞳を揺らして私を見つめていた。

「フィルが……殿下?」


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