婚約に至らない私の呪いは溺愛してくる義兄の策略でした
(4)
「ねえさまぁ! 見て、ひつじです!」
その日、天気がいいこともあって私たちは別荘近くの丘にピクニックに出かけた。
深く色着いた山々を背景になだらかな丘の上で、寒空に赤く頬を染めて羊の群れに手を振るラインハルトの笑顔が眩しい。
ラインハルトは家から離れ、トーマと共に別荘の使用人について出入りしていた同い年の女の子と仲良くなったことも相まって、すぐに日ごろの明るさを取り戻した。
義父の計らいでラインハルトとの関わりが薄れずに済んだことは、何よりありがたいことだ。ラインハルトならば私が何をせずとも立派な次期侯爵になれるだろうが、できることなら彼の父上や兄上ほど大成しなくてもいいから、彼らより今少し──ほんの少しでいいから穏やかで優しい心というか、そういうものを身につけて欲しいものだ。
兄だった人と姉が結婚するという事態を、ラインハルトはまだよく理解できていない。
“キョウダイ”は結婚できないと言っておいて、その兄が姉を妻にもらっていく宣うのだから当然混乱し、ラインハルトからするとルシアスも私もきちんと兄姉のままだと教えられてますます混乱したようだ。
そうこうするうち、ルシアスのようになれば、自分も大好きな姉さまと結婚できるという謎の結論に至った彼は、目下のところルシアスになることを将来の目標に据えてしまったので、私はこれを如何に軌道修正できるかに今後が掛かっている。
魔王の父が彼の上を行く大魔王だったのに、その弟までどうにかなっては世が終わる。
あれこれやって遊び倒して、くたくたになった私たちはお茶の時間を前にして別荘に戻ることになった。山の陽は落ちるのも早い。
屋敷が見えると少女がひとり駆け寄ってきて、私に手紙を差し出してくれた。使用人の子でメリッサといった。
「先ほど届きました。ソフィアお嬢様あてで、ございます」
「ありがとう」
手紙を渡すのは口実で、ラインハルトとトーマを迎えに来たかったのだろうと、彼女のおませな顔を見てわかる。
「クロエ、みんなを連れて先に戻って。手紙を見てから戻るから」
「承知いたしました。冷えますのでどうぞお早くお戻りくださいませ」
冷たい風にショールを羽織なおし、私は落ち葉の道を踏みしめながら蝋封を開く。
ルシアスからまめに届く手紙だった。
この数日急に寒くなった季節に体調を気遣う内容と、新しい屋敷の改築状況を知らせるもの。珍しいことに、ティムに仕事のやり方と物事の考え方を教えようとしているが、どうにも上手く行かないという弱音が書かれており、思わずくすりと笑ってしまった。
<顔が見たい。仕事を片付けてそちらへ行く。愛しいソフィ、どうか夢で逢えるよう祈っている。──君のルシアスより>
「まぁ魔王様ったら、なんてロマンティックなんでしょう」
魔王からキス魔と化したルシアスはふたりきりになると、隙あらば私を抱きしめて、優しく触れて、キスをしようとしてくる。様変わりの仕方をおかしく思いながら、言葉が締めくくられた割に残りの便箋がやけに分厚いと感じてもう一枚めくると、そこからはつらつらびっしりと仕事の連絡事項が書き連ねられていた。
「うわ……業務報告書だこれ」
どこがロマンティックか。
足を止め、頭の中であれこれと戻ってやらなければならない事柄をまとめていると、不意に背後に物音を聞いた。枯れ葉を踏む数人の足音。
振り返ったときには、誰かの影が目の前に迫り、私は薬を嗅がされてすぐさま意識を失った。