婚約に至らない私の呪いは溺愛してくる義兄の策略でした
八章 信頼と共に
(1)
ラインハルトが、私を探しに出たまま行方がわからなくなった。
手紙を読んでいくと言ったきりなかなか戻らない私を探しに出たクロエは、落ち葉の小道に散らばった便箋と私のショールを見つけて変事に気づいたという。
にわかに騒然としだした屋敷の様子に、ラインハルトとトーマは何も知らされぬまま子供部屋に押し止められていたものの、聡いラインハルトは使用人たちから漏れ聞こえる話し声から姉に何らか不測の事態が起きたことを知り、トーマに口止めをして屋敷を抜け出したらしい。
クロエが気づいた時、すでに小侯爵の姿はなく、真っ赤な顔をしたトーマは母親であり侍女である彼女を目にした途端、絞り出すように叫んだ。
「ラ……ら、ライリー! いない! ねえさま、さがしにいった! かあさん!」
すぐさま使用人たちは、私とラインハルトを探した。
女子供の足ではそう遠くまでいけないだろうと屋敷の周辺を中心に探したが見つからず、そうこうするうちに日が落ちて、屋敷から少し下ったところにある村に協力を仰いで人手を出そうということになったそうだ。
「──それで、まだ見つかってないのね」
震えながら頷いたクロエの肩を抱きしめる。
「大丈夫よ、クロエ」
ルシアスに視線をやれば、彼もまた頷いた。
「必ず探し出す。クロエ、おまえはソフィを連れて戻れ」
「私も探します」
「その姿では足でまといだ」
言い返せずにいると、話を聞いてフィリップたちもやって来た。
「大丈夫だよ、ソフィ。僕たちも捜索に加わる」
「殿下の手の者もすぐそこまで来ているはずだよ。だから人手はうんとある。ここは僕らに任せて、ソフィはお帰り」
「──わかりました。どうか、弟を見つけてくださいませ」
屋敷に戻り、着替えを済ませるとフィリップの使いにコートを預け、私は落ち着かない気分のままラインハルトの部屋を覗いた。
すでに真夜中を過ぎ、この山間では気温がどんどん下がっていく。
──ライリー……。
彼はまだ五歳だ。たったの五歳。
灯りも持たず、寒さに凍え、どんなにか心細い思いをしていることだろう。
「ソ、フィ、おじょーさま」
唇を噛んだところで暗がりから掛けられた幼い声に驚いて振り返ると、ずっとそこにいたのか、トーマが部屋の隅で毛布を被って膝を抱えていた。
「トーマ……」
駆け寄って顔を覗き込むと、目に涙をいっぱいに溜めた彼は私にすがりついてきた。
「まだ起きていたの? もう眠った方がいいわ」
「でも、ライリー、が……!」
「大丈夫、みんなが探しているから。ルシェも、ウィル様もフィリップ殿下も助けに来てくださった。山が明るいくらいなの。だからすぐに見つかる」
「ほんと?」
言葉が出ている。私はまだ幼い彼の体を抱きしめ、「ライリーが戻ったら叱ってやってね」と頭を撫でた。
「……メリッサが、ライリーは、きっとどーく、つだよって」
「洞窟?」
「こわいどーくつ、あるって、き、ききました」
メリッサは別荘に出入りする使用人の子だ。ラインハルトとトーマはここで知り合った彼女とずいぶんと打ち解けていた。
私は思い立って、トーマをベッドに送り届けると、衣装ケースの底から乗馬ズボンを引っ張り出して動きやすい格好に着替え、まだ起きていた使用人を捕まえて洞窟の場所を聞き出した。
「──あのう、その辺はもうお探ししましたですが……」
「確認したかっただけよ。ありがとう」
屋敷の戸口には、椅子に凭れて倒れ込むようにクロエが眠っていた。疲れきった彼女の肩に毛布を掛けて、ルシアスの元へ行くとメモを残して屋敷を出る。
すると焚いた篝火の前にいた下男たちが驚いたように振り返った。
「ちょうどよかった。あなた、明かりを持って私を捜索隊のところまで案内をしてくださる」
「で、ですが、こんな刻限でございます。お嬢様はお休みに」
「失礼、お願いしているのではないの。これは指示です」