婚約に至らない私の呪いは溺愛してくる義兄の策略でした

 (2)

「ルシアス!」

 捜索隊は屋敷を中心に三方向に別れて広がっており、半泣きの使用人に連れて行かせた一番近くの隊は、幸運にもルシアスが率いていた。

「ソフィア、おまえ」
「足でまといにはなりません。単独でも動きません。一緒に探してほしいところがあるのです!」

 洞窟は屋敷の東方向にあり、私がいた山小屋とは離れた場所にあった。
 使用人の話ではその近辺は起伏があって迷いやすいそうで、地元の子であるメリッサから怖い洞窟があることをラインハルトが聞いていたのならば、私を探してその周辺に向かった可能性は高い。
 そう告げると、ルシアスも同意してくれた。

 だが、一度は捜索された場所だ。
 ルシアスは現状の捜索範囲を編成した隊に任せ、私とふたりだけで洞窟周辺へと向かってくれた。

「ソフィ、足元に気をつけろ」
「はい」

 カンテラを掲げ、ルシアスが先に立って暗い森を行く。
 ともすると、ここにはいないと思いつつも、私の気持ちが落ち着くよう付き合ってくれたのかもしれない。

「ライリー!」
「ラインハルト! ライリー! 兄様だ、ルシアスが来た! 返事をしろライリー!」

 名を呼んでは足を止めて物音を探る。
 しんとした静かな森に、どこか遠くで誰かがライリーを呼ぶ声が聞こえるばかりだった。

「ライリー……ルシェ、どうしよう、どうしたら……」
「ソフィ」
「こんな、こんな寒い中で……ライリー、まだ小さいのに」
「ソフィ、俺を見ろ」

 顔を上げるとカンテラの灯りに照らされて浮かぶ力強い瞳があった。

「取り乱したところで何も解決しない。おまえの言う通り、聞き知った話からライリーは洞窟に向かった可能性は高い。あれは幼い割に賢い子だ。だが、結果洞窟にいなかったのだとすれば、そこに辿り着く前に迷ったか、滑り落ちたかして動けなくなっているのかもしれん。ソフィア、おまえはそう考えた。だから俺を呼んだ。そうだな」
「はい……はい、ルシェ」
「俺はおまえを信頼している。確かな考えだ。だから、落ち着いて呼び掛けを続けよう。ライリーなら大丈夫だ」
「はい」

 頷いて再び声を張上げる。
 するとややあって、微かな声を聞いた気がした。

「ルシェ!」
「ああ、聞いた──ライリー! もう一度だ! もう一度叫べ!」

 ルシアスの言葉に応じるように、今度は確かな反応があった。

「にぃさまぁ! ねえさま、ぼくは──ぼくここです!」

 声のした方向に向かって私は走り出していた。

「待て! ソフィ!」
「ライ──」

 途端、足元がずるりと滑り、私は情けない悲鳴と共に崖から落ちた。

「ねえさま! ソフィねえさま!」
「痛……ライリー!」

 積もった落ち葉がクッションとなって、派手な尻もちをついた程度で済んだ。そこは崖と呼ぶほど切り立ったものでもなく、かといってよじ登るには難儀な高さの隙間が出来ており、私は土壁と木の根が混ぜこぜとなった闇の中から、飛び出してきたラインハルトの姿を見た。

「ライリー!」
「わぁあねえさまぁ!」
「ソフィ! 無事か!」

 倒れ込んできたラインハルトを抱きとめたところで、頭上からカンテラの灯りが差し込まれる。

「ルシェ! ライリーがいました!」
「にぃさまぁあ!」

 大声で泣き出したラインハルトに、ルシアスはほっと息を吐き出し、地面に座り込んだ。

 *

 数日様子を見たものの、ラインハルトに特に大きな怪我はなかった。
 私同様、ラインハルトもまたあそこを通りかかって滑り落ち、その衝撃で気を失ってしまったらしい。
 落ち葉に埋もれて捜索していた人間からも気づかれず、目が覚めたときにはすでにあたりはとっぷりと闇に包まれていた。
 何も見えず彼はパニックを起こしかけたが、頭上を見上げて空を縦に切ったように輝く明るい冬の星空が見えたことで落ち着いたのだそうだ。

 ──ソフィねえさまの髪みたい。

 そして星空を眺めながら、ラインハルトは幼いなりに懸命な判断をした。
 みんなが姉さまを探しているように、自分もまた誰かが探すはずである。姉さまは常々ライリーは世界で一番大切な存在だと言っていたのだから。
 外に出るときにはコートを着ていたこと、私を探すにあたってパンをひとつと、毛織のショールを持って出たようで、目が覚めてからパンを食べ、頭からすっぽりショールに包まり、下手に動かず体力を消耗することも無かったことが功を奏した。

 どれほどか心細かっただろう。
 ラインハルトは何度もごめんなさいと口にしたが、私もルシアスも、誰もラインハルトを責めなかった。

 責めを負うこととなったのは、オリヴィアだった。

 刺客を放ち、娘の私を人質としてフィリップ殿下を危険に晒し、その上、幼いブラストラーデ小侯爵までもを巻き込んだ罪は大きく、すわ投獄かという状態にまで追い込まれた。
 愚行に呆れた夫からは離縁をちらつかされ、母は取り乱してすがり、泣いて喚いて爪を食い、最終的にまるで幼い頃のソフィアのように塞ぎ込んでしまった。

 フィリップ殿下は御心寛大でいらっしゃるため、オリヴィアが以降、ルシアス・リトブラストとその家族に関わらぬことを確約すれば、ことを荒立てるつもりはないといい、これを受けてブラストラーデ侯はオリヴィアから自慢のサロンを取り上げ、領地での蟄居を命じた。

 義父はこの妻のご乱心騒動さえも、私に降りかかる呪いのせいにした。
 使えるものはなんでも使う。義父は病弱だった前妻、厳しい人だったという自身の母親さえも引き合いに出して、ブラストラーデの女は呪われている設定を作った。

 だが、息子と娘の個人的な友人である心優しき王子殿下が、この絡み合った運命の糸を解きほぐすことに尽力し、ソフィアが正しき相手と結ばれなくては呪いが解けぬことを突き止めた。三人は友情を深め、彼らはついにオリヴィアの魂までも乗っ取った恐ろしき魔物を討ち、ブラストラーデの呪いはついに解かれた!

 ──らしい。どこの三文芝居かというようなこの内容が、とある吟遊詩人の活躍あって社交界の噂話として密かに流れ、噂は密かであればあるほど尾ひれがついて膾炙された。


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