婚約に至らない私の呪いは溺愛してくる義兄の策略でした
日付と天気、そして今日の予定を小さな黒板の前でさらい、ラインハルトとトーマは、私や侍女のクロエとともに季節に馴染んだ短い歌を元気よく歌ってから、小さな机のうえで揃って絵を描き始めた。
ふくふくとした彼らの丸い頬を愛しい気持ちで眺めてから、ふと私は日差しの強くなった庭に目を向ける。
「お嬢様、あの……」
静かに話しかけられた声に振り返ると、ラインハルトの乳母でありトーマの母でもあるクロエが心配そうな顔を向けていた。
「先程、明日のお散歩にお嬢様もご一緒されるとおっしゃっていましたが……」
「ええ、お茶会の予定がなくなったのですって。お察しの通り、縁談もなし。さっきお義父様に言われたの」
「そんな」
息を飲んだクロエに私は「そう、そんな」と笑う。
「だからお天気次第ではあるけれど、明日はライリーとトーマと、クロエと私でお菓子でも持って庭の隅々まで探検しましょう」
「お嬢様……」
「何よ。いつものことだもの、そんな思い詰めた顔しないで。慰めに今日のお菓子や食事を可哀想な私の好きな物にしてほしいから、クロエにはお茶の準備に戻ったらすーぐみんなに広めてもらいたいところなのだけど、今回はまだ理由を聞いていないのよねえ」
「なんてことおっしゃいますか!」
「いいの、いいの。こんなこと言うのも、気心知れたクロエだからよ。でもまぁ、さすがにここまでくると、私が呪われているなんていう話もあながち冗談に思えなくなってくるわね。お義父様とお母様にはいつまでもお荷物が離れに居座って申し訳ないわ」
後半は声を潜めて笑うと、クロエは私に釣られてぎごちなく笑いながらもその名の通り若草色の瞳に憐憫を浮かべた。
「お嬢様、クロエは叶うならばいつまでもお嬢様のおそばにありたいと思っておりますよ」
「ありがとう、クロエ」
「お嬢様のおかげでトーマだって……」すみません、とクロエは声を滲ませる。「もう、こんなにも素敵な方ですのに。どうしてご縁に恵まれないんでしょうね。神様は意地悪だわ」
「本当よねぇ。かなり頑張って素敵な方してるのに」
「お嬢様ったら」
くすくす笑いあって、不思議な顔をして私たちを見上げていたラインハルトと、つられて顔をあげたトーマに視線を向けた。
「ライリー、トーマ。もうできたの?」
「ん!」と答えたトーマの横で、ライリーはトーマに微笑んでから自身の手元に視線を落とした。
「ぼくはまだです。ねえさまを描いているから、ねえさまのお顔どんなかなぁってみていました」
「あら、私を描いてくれるの? 嬉しい!」
「ん!」
「トーマも私を? 嬉しいわ。ねえさまは今きっと世界で一番幸せね!」
「でも、ソフィねえさまかわいくって、ぼくには描けないかも……」
「ライリー」
するとトーマが描いた紙を急にぐちゃぐちゃに腕の中にしまい込んでしまった。完成を急いだ自分の絵が恥ずかしく思えてしまったのかもしれない。
「トーマ、その時その時、あなたが楽しく描いたものが一番素敵なの。だからそんな顔しないで見せてくださいな」
「そうだよ、トーマ。トーマはソフィねえさまの髪を、青と黄色をまぜまぜして描いてるでしょう。夜のお星さまの色だ。ぼくも、ときどきそうみえるもの。ステキだよ」
──天使だぁ!
照れたように嬉しそうに顔を上げたトーマに、私はふたりのふくふく頬っぺをまとめて抱きしめた。
たとえこのまま結婚出来ず、行き遅れてこの家に飼い殺されるとしても、この愛しの天使たちさえいれば、もう私はそれだけで……いや、いやいや、感慨に耽っている場合ではない。
小説の筋書き通りなら私は今年辺りに死ぬかも知れないのだ。
この可愛いラインハルトを残して死んでなるものか!
姉として、私は絶対に成長を見届ける!