俺達の恋物語

俺達の恋物語

         1

夢や目標を持てない若者が増えているのは、成功者の体験談があまりにも少ないからだと思う。たとえば、今から30年後に「異世界転生」を題材にしたライトノベルを書いたとして、それが果たして売れるだろうか? そもそも需要はあるのか?答えは……限りなくゼロに近いだろう。今の世の中に「異世界転生」などは必要とされていない。たとえ大ヒットしても、それは一時のブームに過ぎない。そしてブームは大抵すぐに廃れるものだ。つまり何が言いたいかというと、現代では成功者の体験談が少ないために、夢や希望を持つことが難しい。そのために見合うだけの努力をしていない若者も多い。しかし、だからと言って努力すれば必ず成功するとは限らない。ただ、成功した人の多くはその道での努力を惜しまなかったことは確かだ。そういう人たちの言葉には重みがある。
「人生とは苦難の連続である」とか、「人間にとって大切なものは二つしかない。金と女だ」なんてセリフを聞いたことがあるだろう。これは確かに事実だ。この世に生まれた瞬間から、人は既にある程度の人生のレールが敷かれている。それは生まれた家が裕福であるかどうかだったり、両親が優秀かどうかだったり、あるいは平凡な家庭であったりと、さまざまだ。しかし、生まれた時点で既に選択肢が限られている人もいる。そして、親が敷いたレールの上を生きる人もいれば、自らの意思でそのレールを変えようとする人もいる。だが、後者の場合、大抵は思い通りにいかないことが多い。自分の意思で決めた選択なのに、結局は他人が敷いたレールに戻されることも少なくない。そうなると、何のために生まれてきたのかわからなくなるだろう。もし神がいるとしたら、その神はきっと性格が悪いに違いない。だが、俺は思う。神はいると――何故なら、俺の人生を変えてくれたのは他ならぬ神様だからだ。それはある日、何気ない瞬間に訪れた。どん底を味わい、すべてを諦めかけていた俺の前に、ふと不思議な出会いが訪れた。そう、その出会いが、俺を新たな道へと導いてくれたのだ。彼女の存在が、俺の中でくすぶっていた希望を再び燃え上がらせてくれた。最初は、そんなはずはないと思っていた。ただの偶然だろうと。だが、彼女と関わるうちに、心の奥底から湧き上がるものがあった。それは「俺も変わりたい、彼女のために」という純粋な気持ちだった。やがて、俺は今までの自分の生き方を見直すようになった。いつの間にか、「レールの上」を外れてもいいと思えるようになった。彼女と共に新たな道を歩むために、俺は少しずつ自分の道を切り開く覚悟を決めたのだ。この恋が、俺の人生にどんな結末をもたらすかは分からない。でも今は、彼女と共に歩むことが何よりも大切だと感じている。東京都目黒区にある新聞販売店に住み込みで働いている。新聞奨学生として半年が過ぎたところだ。そんな俺の住み込み部屋に、昨日、新しい家政婦がやってきた。彼女の名前は小田切優香、19歳。彼女は橋本玲奈に似て、ぱっちりとした目がとても印象的だった。その視線にはどこか強さと柔らかさが同居しているように見える。だが、なぜわざわざこの新聞販売店に住み込みで家政婦としてやってきたのだろうか?若くして、しかも住み込みという条件を選ぶには、それなりの理由があるはずだ。不思議に思いながらも、俺は聞くに聞けずにいた。ただ、日常の些細なやりとりを通じて、少しずつ彼女のことを知っていけたらいいと思っている。実は、意外なことに、彼女には重たい過去があった。
優香は一見明るく振る舞っていたが、ふとした瞬間に遠くを見るような目をしていることがあった。その目に宿る何かが、彼女がただの19歳の家政婦ではないことを物語っているように思えた。ある夜、いつものように作業が終わり、ふたりでテーブルに向かい合っていると、彼女がポツリと話し始めた。
「実はね、私…家を出てきたの。」
彼女の声はかすかに震えていた。家庭の事情で幼い頃から苦労し、自立を余儀なくされたこと。そして、自分の力で何かを変えたくて、この住み込みの仕事を選んだこと。話す彼女の横顔には覚悟と哀しみが入り混じっていた。同僚の鏡竜太――29歳で、ボクシングのプロを目指している男だ。普段から軽口が多く、言葉も荒っぽい彼が、俺に向かっていやらしい目をしながらぼそっと呟いた。
「なぁ、三船。あの娘、やらせてくれるかもよ?」
俺、三船孝太郎、19歳。竜太のその言葉に一瞬ムッとした。優香は確かに魅力的だし、気になる存在だけど、そんな軽々しい話のネタにされるのは正直腹立たしい。しかし、何も言い返さず黙っていた。竜太は時々こうして、俺をからかうような発言をしてくる。
しかし、心の中はざわついていた。優香のことを、竜太のように軽く見てほしくないという思いが強くなっている自分に気づく。彼女がここに来たのには、俺にはまだわからない事情がありそうだし、表面的な印象だけであれこれ言われるのは納得がいかなかった。それから数日、俺は自然と彼女と話す機会を増やした。優香は気さくに笑いながら仕事をこなしていたが、時折見せる物思いにふける表情が気になった。もしかすると、竜太のような言葉の裏には彼女の存在に対するただの興味以上の何かがあるのかもしれない――俺はそんな気がしていた。ある晩、配達の帰りに自販機で缶コーヒーを買っていると、ふいに優香が隣にやってきた。
「孝太郎くん、いつも遅くまでお疲れ様。」
「いや、そっちこそ。毎日大変だろ?」
軽い会話の中に、少しずつお互いの気持ちが混じっていくのを感じる。俺は彼女のことをもっと知りたいと強く思うようになっていた。その晩、優香はぽつりぽつりと自分の過去を話し始めた。俺と話しているうちに少しずつ気持ちが緩んだのか、彼女の目はいつもより柔らかく、どこか遠くを見つめているようだった。
「実はね、私…家を出てきたの。普通の家じゃなくて、ずっと…あまりいい思い出がない場所だった」
優香が家を出たのは18歳のときだった。幼い頃から家族の間に軋轢が絶えず、彼女はずっと窮屈な環境に縛られていた。父親は厳格で、自分の思い通りにしか考えない人だったらしい。母親もその影響を受け、優香にとって家庭は心を許せる場所ではなかった。
「誰にも言えなかったんだ。ずっと我慢して、ただ…いつか自由になりたくて」
そう語る彼女の横顔には、ほんの少しの哀しみと、そこから立ち上がろうとする強さが宿っているように見えた。今の彼女の芯の強さは、その過去から生まれたものだったのかもしれない。
「だから、この仕事を選んだのも、私にとっては自由になるための一歩だったんだよ。簡単じゃないけどね」
俺は黙って彼女の話に耳を傾けていた。優香がここにいる理由が少しわかった気がした。家政婦が必要だとは聞いていたが、まさか本当に住み込みで来るとは驚きだった。店長の奥さんが突然姿を消して以来、店では家庭的な食事が出なくなり、食事は各自でなんとかするようになっていた。配達や業務の合間に、ささっと済ませるコンビニ弁当が続いていた俺たちにとって、家政婦が来てくれるというのは正直ありがたかった。それに、優香があの年齢で住み込みの仕事を選ぶには、きっと訳があるのだろう。店長も彼女の事情を知ってか知らずか、特に細かいことを聞かずに、住む場所と食事の提供を約束していた。俺自身も、優香の背景を聞いてしまったからには、「こんなところ、早く出て行け」なんて言えなかった。それどころか、優香の存在は、どこか殺風景だったこの店に少し温かさをもたらしてくれた。朝食や夕食に彼女が作ってくれる手料理の香りが漂うと、心なしか店の空気も和やかになる気がした。
< 1 / 12 >

この作品をシェア

pagetop