ReTake2222回目の世界の安田雄太という世界線

第8章 社会人 (裏切-誤解)×真実=逆プロポーズ≒初体験

 響子コーチのお父さんやお母さん、お兄さんやお姉さんとの関係は、しっかりと深めていた。僕のお父さんに少し甘えて北海道の美味しいものを送ってもらうと、それを理由に持って行った。真理雄から(本当は冴子さんのお父さんから)海の幸をもらうと、それを理由に持って行った。
 今までは週に1回響子コーチとご飯を食べていたが、今は週に1回響子コーチの家族とご飯を食べている。僕はこの事を響子コーチには報告していない。嘘は言わないし、隠している訳でもないけれど、僕からは言っていない。
 純粋に僕が大好きな人の家族と仲良くなるのは、本当に幸せだった。僕は自分のお父さんと2人きりだったから、大人数の家族の食事というのが初体験でもあったし、自分の大ファンである選手がいるチームに、僕も属している感覚が嬉しかったりもした。
 
 僕の毎日は忙しかったけれど楽しく過ごしていた。週末はトライアスロンのチームの練習に行っている。練習といっても、メンバーでジョギングをしたり、バイクに乗ったり、プールで泳いだりするだけだ。定期的な大会に誘われてはいるけれど、響子コーチがいない今はそれほどの魅力を感じていない。体力維持と響子コーチの前で裸になる時が来ても、ブヨブヨとした体にしないために頑張っている。

 昼は手に入れたロードバイクで大学に通学している。マッサージの施術士になる事を目的にした、大学の学部変更はしなかった。基本的には今まで通り、医療技師を目指す方向を維持する事にした。真理雄に相談した結果として、病院などで医療的なマッサージをする仕事にこだわりが無ければ、鍼は例外として、法的にマッサージ自体に資格は必要ない事。僕が響子コーチ特化型になりたいのであれば、ニッチな勉強をすれば良いと言われた。
 僕は真面目に、そして少しの期待を込めて、オイルリンパドレナージュというマッサージの民間資格の勉強をした。5か月の通信教材を使った勉強を終わらせて、紹介してもらったお店でアルバイトを始めた。経験を積んで響子コーチ専属特化型のオイルマッサージ師を目指している。真理雄が言ったニッチかどうかは不安だけど、やるだけやってみる事した。
 響子コーチの家族とご飯食べるのは金曜日の夜が多かったので月、水、木曜日の週3回で働いている。18時から22時までで歩合給だから、初めのうちは給料が少なかったけれど、最近はリピーターがついてきたので、1時間コースでもらえるお金が3000円、1日3人に施術して、1か月10万円くらいになっている。
 
 アロマで良い香りのする薄暗く温かく静かな部屋をカーテンで仕切ったベッドで施術する。美容目的の人や、ガンでリンパ節を排除した人が来るお店だ。雰囲気的にはスイミングクラブのサウナ室にちょっと似ていると思っている、落ち着くお店だ。篤や健治には、悠太が風俗嬢になったと言われているが、そういうのではない。でも8割は女性のお客さんだ。
 たしかにちょっとそんな雰囲気になってしまう事もある。特に子宮頸がんでリンパ節を除去した人のリンパを流す時には、オイルで鼠径部を丁寧に撫で上げるので、ギリギリと言われればギリギリのところに触れる事がある。僕が女性器に触った事があるのは、僕が倒れた時に響子コーチが触れさせてくれた、あの1回だけだけれど。呼吸や体の反応で、いま女性器が濡れているのかもしれないって思う事はある。ちょっとだけ、本当にちょっとだけ僕も変な気持ちにならない訳ではないけれど、僕は響子コーチ専属特化型になるので何もしない。

 お客さんも、あの時の響子コーチのように、僕の手をつかんで女性器に押し付けるような積極的な人はいないので問題ない。
 男性で睾丸や膀胱がんになった人も同じように施術するけれど、時々勃起してしまう人もいる。何も言わないお客さんであれば、僕も何も言わない。
 そうのじゃないからね。ごめんね。ストレートだからね。女好きだからね。って恥ずかしそうに言い訳してくる人には、結構皆さんこうなるので気にしないで下さいと言う。
 
 女性のお客さんから飲みに行こうと誘われたりするけれど、お店で禁止されていると言ってお断りしている。
 一度だけ男性のお客さんから飲みに行こうと誘われたけれど、その時もお店で禁止されているとお断りをした。
 
 当然童貞だけど、アルバイトやネット情報で耳年増になった僕の大学生活もあと一年になって、技師としての就職先を決める時に悩んだ。技師は結構引く手あまたで、自分が働きたい病院を選べる立場にある。もちろん真理雄が行く病院は、僕では入職できないレベルだけれど、民間の医療機関では結構選べる。
 響子コーチとの話のネタには最適。知りたい事や知りたくない事もあるだろうからためらいもあったけれど(男性関係など)、響子コーチがリハビリをしていた病院に行く事に決めた。
 独立行政法人の大きな病院だ。残業とかで帰りの時間とか結構厳しそうと思ったけれど、響子コーチとの将来を考えた時に、安定した収入は大事だと思った。響子コーチには大きな病院に就職が決まった事は伝えたけれど、病院名までは伝えなかった。

 響子コーチとはメールやSNSでの写真のやり取りや、時差の関係で本当に時々になったけれどテレビ電話で顔を見ながら話をした。
 僕は一度手紙を書いた。僕が記憶している限りでは、ほとんど初めてに近い手書きの手紙だ。はがきの年賀状とかは書いたけれど、封書での手紙は記憶にない。響子コーチは僕の初めてのほとんど全部を奪っていく。
 あまり字がきれいじゃないけれど、どうしても自分の気持ちをもう一度伝えたくて、少しでも心が届けられると思って手書きを選んだ。これも過激極右ゲリラっぽいかな。
 知らなかったけれど、海外に手紙を送る時には、ちょっと特殊な封筒に入れる。周りが赤と青の縞々の封筒だ。

 何を書いたかといえば、まあ今までも散々口で伝えてきた事。響子コーチは忘れちゃっているんじゃないか?という時がよくあるので、形にして証拠を残そうと思った。
 僕が中二で、響子コーチを初めて見た時に、世界がスローモーションに見えた。少し怒ったような顔で緊張していた響子コーチは、本当にとても素敵に見えた。僕の世界は音が消えて、音楽が流れていた。
 
 すれ違う君に見とれて、スローモーションはねたワイン
 君のドレス紅に染まって、戸惑いは恋の顔
 突然過ぎた出会いは想い出さえ
 シネマ仕立ての甘いストーリーに変えていく
 I don't forget you.Misshing you
 恋人はワイン色
 ビロードのシャワー決まりの場面で
 恋人はワイン色
 記憶の香り、グラス持つたびに

 僕はその後もずっと、響子コーチを見るたびにこの音楽が流れる。響子コーチの入場テーマ曲だ。
 僕の目には、響子コーチの赤に近い髪の毛の色や瞳の色が、ワイン色と重なったのかもしれない。
 響子コーチの負けず嫌いで強気な性格が、ワイン色と重なったのかもしれない。
 響子コーチをはじめて見た時、昔のセピア色の映画をスローモーションで観ているようで、それでいて髪の毛と瞳が鮮明に輝いている。
 そんな景色が今でも見える。

 僕は響子コーチが大好きで。どうしようもなく好きで。 だから響子コーチには幸せになってもらいたい。どうか響子コーチが幸せで包まれますように。
 こんな何も変わらない自分の気持ちを思い返して、それを何度も正直に書いた。
 書き終えてから読み返すと出せなくなるから、読み返さずに出した。誤字脱字も怖かったけれど。

 1か月後に響子コーチから手紙が届いた。響子コーチの可愛い字だ。
 僕はちゃんと読みたかったので、色々終わらせて、夜お風呂に入って、正座をして封を開けた。
 
 「手紙をありがとう。悠太君の気持ちはとてもうれしかったよ。手紙は書き慣れていないけれど、悠太君の気持ちに向き合うために、私も書いてみました。
 悠太君と出会ってから、10年近くが経ちます。悠太君はずっと私を好きでいてくれています。本当にありがとう。
 私はそこまで想ってもらえる人間であるという自信はありませんし、悠太君の想いに応える事ができるかどうかはわかりません。
 それでも、ずっと好きでい続けてくれている悠太君に、心から感謝します。響子」
 
 僕は頑張ろうと思った。響子コーチが日本に戻ってきてから、僕がいつでも支えられるように頑張ろうと思った。
 悔しいけれど、三橋さんや百瀬コーチに言われたように、響子コーチの負担にならないように、笑って支えられるように準備を整えようと思った。
 ちゃんと生きるために、まずは家の掃除から始めた。汚さないで生活しようと誓った。
 
 検査技師の資格も取って、大学も無事卒業して、半年前から響子コーチがリハビリ職として働いていた病院で働き始めている。アルバイトは禁止されていたのでマッサージのアルバイトはやめていた。技師も夜勤とかがあるけれど、僕はまだ半人前なので昼間だけの勤務だった。
 真理雄は大学に籍を置いたまま病院に出始めているので、前よりも忙しい日々を送っている。
 篤も幼児舎から通った学校の大学を留年する事なく卒業して、医薬品の大手メーカーに就職した。篤は薬剤師とかではないけれど、人当たりが良いので出世するんだろうと思っている。
 健治もすっかり落ち着いたけど、留年を一度しているのでまだ大学生だ。
 働き始めると、大人気分を味わっていた大学時代と比べられないくらい厳しい大人の時間を過ごす事になり、みんなと連絡する事も少なくなった。
 
 響子コーチが留学に行ってから、1年半が過ぎた。初めは2年の予定だったけれど、色々な理由から来月日本に戻る事にしたと連絡が来た。
 響子コーチの家族からも連絡が来た。行ってらっしゃいの時と違うので、響子コーチの家族と一緒に迎えに行く事になった。
 
 響子コーチが帰ってくるのは平日だったので、親族の冠婚葬祭という事でお休みを事前に申し出ていた。嘘なのかな?冠婚葬祭ってなにかな?
 響子コーチの飛行機は15時到着だったので、お昼前に響子コーチの実家に行って、途中でみんなで中華料理を食べた。響子コーチは久しぶりの日本だから、寿司が食べたいだろうと予想をして、昼は中華料理になった。
 僕は、響子コーチに会える事が嬉しすぎて、もう何を食べても食べなくても同じだった。響子コーチの帰国の知らせを聞いてからはずっとフワフワしていた。
 中華料理を食べている時に、お兄さんから言われた。
「悠太はいつまで響子の事コーチって呼ぶの?」僕はこの家族の中では悠太と呼ばれる関係性を作り上げていた。
「え?いや、ではなんとお呼びすれば……」僕はお父さんとお母さんの顔を交互に見た。
 お母さんが言った。「響子で良いでしょ」
「いや6歳年上の大好きな人を呼び捨てにはできませんよ」僕は慌てて言った。
 お父さんが言った。「じゃあ林葉で良いでしょ」薄ら笑いで言った。
「いや苗字になって距離がめちゃくちゃ増えているし」僕は慌てて言った。
 お兄さんが言った。「じゃあ響子さんで良いでしょ」
「なんか少し……普通ですね」僕は落ち着いて言った。
 お姉さんが言った。「こうこで良いじゃない」家族全員がなるほどという顔をした。
 響子コーチは小さいころに、自分を「きょうこ」と発音できずに「こうこ」と発音していたらしい。だから家族内では「こうこ」と呼ばれていた時期があった。
 お姉さんは家族だけが呼んでいた特別な呼び方を僕に与えてくれた。僕は嬉しくなった。僕が呼び捨てはちょっと……と言うと、そもそも「こうこ」は名前じゃなくて、それ自体があだ名なんだから、呼び捨てには該当しないとか、「こうこさん」なら文句ないのか?とか色々な呼び方議論が白熱した。この家族との会話は実に楽しい。

 結局僕は響子コーチの事を「こう子」と呼ぶことを目指して「こう子さん」と呼ぶ事に落ち着いた。

 空港の掲示板に30分ディレイと表示されて、僕は飛行機が故障したのではないかと考えてオロオロしていた。それを見ていたお母さんとお姉さんから「男はオロオロするな」と言われた。
「男なのには時代錯誤だ」とお兄さんが言ったが、お母さんとお姉さんに睨まれて反論は終わった。この家族といる事は楽しい。
 
 飛行機が着陸して荷物が回ってくるベルトコンベアのそばで待っていると、出口から響子コーチが出てきた。僕らに気が付いて手を振った。響子コーチは僕を指さして笑い始めた。
 それを見た響子コーチの家族も僕を見て笑い始めた。もう社会人になったはずの僕は、涙と鼻水で顔がクシャクシャになっていた。
 響子コーチは初めに僕をハグしてくれた。そしてポケットからハンカチサイズのタオルを出して僕に渡してくれた。僕は響子コーチの匂いを久しぶりに目いっぱい嗅いだ。響子コーチの匂いが、1年半ぶりに僕の体に吸収されていく。みんなにさらに笑われた。響子コーチは困ったような笑い顔をした。

 響子コーチがベルトコンベアから自分の荷物を取ったので、僕は言った。「響子コーチ、僕に持たせてください」お母さんが僕の後頭部を平手でたたいた。響子コーチは「え?!」という顔をしていた。
 お父さんが言った。「お帰り。ご苦労さん。元気か?」
「うん、色々ありがとう。すごく勉強になる経験でした」お姉さんが僕をちらっと見た。僕が言った。
「響子コーチ、夕飯で食べたいものはありますか?」お姉さんが僕の太ももにひざ蹴りを入れた。響子コーチは「え?!」という顔をした。
 お兄さんが僕に言った。「悠太!勇気を見せろ」響子コーチは「え?!」という顔をした。
 僕が言った。「こう子……さん、夕飯は何が食べたいですか?」響子コーチは「ええ?!!」という顔をした。
 こう子さんは焼き肉を希望した。寿司を想定した僕たちは、ちょっとコッテリづくしになるけど笑顔で受け入れた。こう子さんはちょっとだけ「え?」という顔をした。

 家族5人プラス1人で焼き肉を食べた。こう子さんは久しぶりだと嬉しそうにガッツリ食べた。途中一時帰国も考えたけれど、留学先に戻るのが嫌になるのを避ける為一時帰国はしなかったと話していた。スポーツに対する価値観の違いや、アスリートを目指す子供に対するアプローチの違い、プロアスリートでも、食に関してはかなり雑である事など、色々な話を聞かせてもらった。
「ところでさあ、悠太君が4人目の子供みたいになっている事については、誰からも説明してもらえないのかな?」こう子さんが言った。
 お母さんが言った。「この子はもうウチの子だから」
 お姉さんがうなずいて言った。「弟欲しかったのよね~やっと叶った」
 お兄さんが言った。「悠太、今度キャッチボールしよう」
 お父さんが言った。「悠太、ゴルフ覚えろ。俺が教えてあげるから」
「何があったのかつかめないけれど、悠太君はこれでいいの?」こう子さんが言った。
「この家の子になる事と、お兄さんとお姉さんの弟になる事は嬉しい事ですが、こう子さんの弟になるつもりはありません」
 僕が勇気をもって宣言すると、家族全員から拍手が起こった。

 みんながお肉を焼きながら、ザワザワ色々な話をしていた時に、お姉さんが小さい声で隣に座っているこう子さんに言った言葉が僕の耳に届いた。
「悠太の事、あんた、腹くくりなさい」こう子さんは僕をちらっと見た。僕は気づかないふりをした。
 こう子さんはしばらくの間、実家で暮らす事になる。帰国が早まったので、今後の就職についてなど未決な事が多かった。暮らす場所もそのうちの一つだ。
 色々な意味で、今は確実にチャンスだと思っていた。僕はガタっと椅子を後ろに倒す勢いで立ち上がった。みんなは肉を焼いている手を止めて僕を見た。僕は隣に座っているお父さんに身体を向けて直立不動の姿勢をとった。
 僕は店中に響く位の大きな声で言った。「お父さん。娘さんと結婚させてください。不束者ですが、きっと娘さんを幸せにしてみせます。お願いします」僕は90度より深いお辞儀をした。店中の人が全員僕を見た。
「ごめん、結婚している」お姉さんが言った。
「お前じゃね~よ」お兄さんが言った。
「ごめん、私も結婚してる」お母さんが言った。
「お前は妻だろうが」お父さんが言った。
「何このコント」こう子さんが片手で口を隠すように言った。
 お店のお客さんの何人かが拍手をしてくれた。
 お父さんが立ち上がって拍手をしてくれた人に両手を上げてありがとうを表した。
「悠太君、これからは息子として、なんでも遠慮なく話してくれよ」僕の肩に手を置いた。
 こう子さんも立ち上がって言った。「順番が違うから。順番が」お店は笑いに包まれた。

 本当に寸劇コントのようになってしまったけれど、その後も和気あいあいと談笑が続いて幕を引いた。
 みんなが乗るお父さんが運転するワンボックスカーで、僕の家まで送ってもらった。
 降りる時にお姉さんが小さい声で僕に言った。「がんばれよ。押しに弱いから押しまくれよ」僕の肩をグーで叩いた。

 僕は一人の家に戻ってシャワーを浴びながら考えていた。もしこれが現実だとしたら、僕は本当に幸せだ。僕とお父さんとの2人の暮らしは、不幸ではなかったけれどあんなに賑やかなものではなかった。シャワーを浴び終えた僕は、なんとなく罪悪感のようなものを感じた。
 響子コーチが日本に戻った事、コントのようになってしまったけれど、家族の前で2度目のプロポーズをした事。1人になったら変な寂しさや罪悪感を感じている事を真理雄にSNSで伝えた。1時間後に真理雄から単語の返信が来た。「おやじさん」
 僕はハッと気が付いて僕のお父さんに電話をした。結婚したい人がいる事。知っているかもしれないけれど相手は響子コーチである事。今日家族の前でプロポーズをした事を伝えた。お父さんは少し涙声になっていたけれど、頑張ったな。健闘を祈ると言ってくれた。僕の罪悪感のようなものは消えた。

 今は家を綺麗に使っている。綺麗に使うというよりは、汚さないで使っている。汚さないと片づけないで良い事に気が付いてから、暮らし方や買い物がずいぶん変わった。外食ばかりでは金銭的にも健康的にもよろしくないので、自炊メインだけど工夫をすると汚さないで暮らす事はできる。包丁とまな板を使ったら、その場で洗って拭いて収納。鍋の調理が終わったら、その場で中身をタッパに移して鍋を洗って拭いて収納。「あとで」まとめてやった方が効率が良いと思うと、「あとで」がやってこない。だからその場で片づける。
 この考え方は仕事にも生かされている。優先順位を考える事も重要だけど、僕はまだそこまでの立場にいないから、優先順位よりも自分の近くにあるものから終わらせる。面倒くさいと考えるスキを与えずに終わらせる。これはスイミングクルールでキツいトレーニングをしていた時にも共通する感覚だけど、先を見るより今ここだけを見るようにすると、振り返った時には全部終わっている。
 多分こう子さんとの関係も、過去や未来に目を向ける余裕を、今ここだけに集中する事によって、色々な問題をクリアできるかもしれないと考えている。
 篤にSNSで、普通だったら一番厄介な「お父さん、娘さんを僕に下さい土下座」を終わらせたんだから、あとは消化ゲームだろと言われた。「優勝が決まっていないのに、ビールかけをやってしまったバカなんじゃないの?僕は」と自虐すると、「わかってるんだったら勝ちを重ねるだけだろ」と返ってきた。
 こう子さんに、どうやって勝ちを重ねるのか。それができたら苦労はしていないんだけどなぁ。

 その後も週に一度は、こう子さんの実家でみんなで食事をしている。お姉さんが「外堀は埋めてあげる」と言って、お姉さんの旦那さんや子供も食事に連れてきたりした。はたから見たら、僕はこの家族の一員であるかのようになっている。
 お母さんからも「押せ」と小声でつぶやかれているけれど、押す方法がわからない。恋愛経験もないし、押すって一体何だろう。僕は山でコンパスを失くしたようになっていた。

 こう子さんからSNSで「外でコーヒーでも飲もう」とメッセージが来た。ブラック飲めないのに。仕事終わりが19時位なんだけどそれからでも良いですか?と返すと、僕が働いている病院に近い駅のそばの喫茶店での待ち合わせを指示してきた。こう子さんにはまだ僕がどこで働いているかを言っていないんだけど、お父さんやお母さんから聞いたのかな?なんでここで待ち合わせなんだろう?少し気になった。
 僕が約束の15分前に着くと、こう子さんはもう来ていて手を振ってくれた。僕は温かいカフェラテを注文して、それをもってこう子さんの座るテーブルに着いた。
「早かったですね。待たせてごめんなさい」
「それはいいけど、悠太君も私に隠し事するようになったんだね~。ちょっとショック」
「え?何一つ嘘はついていないです」
「嘘ついたって言ってないでしょ?隠し事って言ってる」
 僕は働いている場所を言っていなかった事だろうと思った。
「ごめんなさい。反対されるかと思って言いませんでした」
「なんで私が反対するの?」
「ほら、もし病院で、その、男性関係があってとか……僕に根掘り葉掘り知られたくないとか……」
「いまさら。呼び出した用件はね、まあ私も仕事についてどうするかと思って動いている訳だけど、復職についても有りかなと思って、一緒に働いていた娘と会って現状を聞いていたのね」
「一緒に働けるのは嬉しいですね」
「最後まで聞きなさいよ。で、まあ話がかなりイケてる技師さんがいるって話になった訳よ」
「え?」
「病院内でも結構狙っているナースやコメディや事務が多いらしいの。でもそのイケメンさんはどうやらゲイだって事なのよ」
「ええと、僕は告白とかされていないですって言おうとしたんですけど、僕の話じゃないって事ですね?」
「名前は安田悠太って言うらしいから、まあ、あなたの事に間違いないんでしょ?」
「ええ?僕が同性愛って事になっているんですか?僕は差別主義者じゃないけれど、ちょっと想定のかなり斜め上です」
「悠太君、一度も飲み会に参加していないって本当?」
「え~と、はい」
「若い女の子の中でも、それなりの娘が誘っても飲みにいかない。あまりの徹底ぶりに実は彼はゲイだって話に落ち着いたみたいよ?」
「ああ~まあいいです。それで最近誘われなくなったんだなぁ。大学の時もずっと断っていたら誘われなくなったけれど、大学でも同性愛って思われていたのかな?別に良いけれど」
「良くないでしょ?別に私も同性愛者を否定するつもりはないけれどさ、変な噂が固定化されるくらい、付き合いが悪いってことが問題なのよ?わかってる?」
 僕は響子コーチに久しぶりに怒られている事が、ちょっと心地よかった。僕はゲイじゃないけれどド変態のドMだから。らしいから。
 そんな僕を見てこう子さんが言った。「何をニヤニヤしているの?まったく。大人なんだから、それなりに付き合いってのも大切な事よ?」
「こう子さんが行けって言うなら行きます。でも僕の希望は、失礼だけど、どうでもいい人とお酒を飲んで悪口を聞いている時間があるならば、こう子さんの家族と楽しくご飯を食べていた方が楽しいし、自分が興味のある事の勉強をしていた方が楽しいです。こう子さんが留学していた間は、特に自分を見失わないようにしたかったので、流されるのを極端に嫌っていたところはあると思います。前に極右ゲリラのようなセックス観って真理雄に言われましたが、もしかすると僕の場合、セックスに限らず極右的な、こう思ったら何も見えなくなるようなところがあるのかもしれません。少し排他的過ぎますね。ごめんなさい」
 頭を下げた後でこう子さんの顔を見ると、ちょっと驚いた顔をしている。僕は聞いた。「変な事、言いましたか?」
 こう子さんは笑顔になって答えた。「悠太君、ちょっと合わない間に大人になったね~」
 僕たちはその後、一緒に、久しぶりに2人きりでご飯をたべた。こう子さんのリクエストで、多分初めての僕のおごりで、おいしいイタリア料理を食べた。アンチョビのピザがとてもおいしかった。イワシ、おそるべしと思った。

 マッサージのアルバイトは、大学卒業と共に基本的にはやめたけれど、セラピストの急な病欠の時などにヘルプの電話がかかってくる。アルバイトは禁止だけど、月に1度あるかないかだから、ヘルプに出られる時には出ていた。こう子さんには言っていなかったから、近いうちに相談しようと思っていた。別に風俗って訳じゃないけれど、女性の体に触る事だから、嫌かもしれないし。

 その日も電話がかかってきて、一人熱が出て休みなんだけど、予約が一杯だからどうにかならないかと言われた。先にこう子さんに相談した方がよかったけれど、電話だとアレだからとりあえず今日終わってから、会って顔見て相談しようと決めた。
 僕はいつものように18時過ぎに病院を出て、自転車でマッサージのお店に向かった。19時から3本の予約だったので、終わったのは22時前だった。
「今日は本当に助かったよ。ありがとうね。悠太君の病院アルバイト禁止だから現金払いね、これ」店長が今日の給料を封筒に入れた現金でくれた。本当は税務署に申し出なければならないお金だけど、今のところ、うやむやにしてしまっている。税金の事よりこう子さんに変な誤解をされる前に言おう。そう思った。
「じゃあ、お疲れさまでした」僕はお店を出て階段を下りた。
 2階にお店がある建物の脇の路地に自転車を止めてある。階段を降りて片側一車線の道路に出た。目線を路地の方に向けて歩き出した時に、道路向かいのファミレスからこう子さんが出てきた。僕はびっくりした。罰が当たったと思った。一瞬で頭の中を言い訳が走った。こう子さんは「あ!」という形に口を開けた。
 こう子さんが出てきたお店の方に、僕が一歩を踏み出した時に、ファミレスのドアから三橋さんが出てきた。
 三橋さんも僕に気が付いて手を上げて声を出した。「おお!悠太!久しぶりだな~」ノルアドレナリンとエンドルフィンが「ドバッ」と音を出して僕の脳の中を満たした気がした。完全に自分の行動をコントロールできなくなった。僕は道を渡ってファミレスの前に行った。
「なにこれ?なにこれ?」僕はこう子さんに言った。
「悠太君、こんなところでどうした?」
「これはなに?ねえ。これはなんなの?」更にこう子さんに言った。
 三橋さんがこう子さんの前に出てきた。「悠太、違うんだよ。俺は結婚しててさ、ちょっと相談があって……」僕は三橋さんをにらみつけて言った。
「あんたには聞いていない!黙れ!こう子さん、これは何?どういうこと?」僕はこう子さんに詰め寄った。
「だから悠太君、落ち着いて。顔が怖いよ」
「当たり前じゃん。なんだよこれ?なんでこの人と一緒にいるの?」
 三橋がまた出てきた。「だから悠太さあ……」僕はまた遮った。
「聞いてないんだよ!あんたには!?」すでに身長は逆転している僕は三橋の胸ぐらをつかんだ。
 三橋は無抵抗な態度で言った。「だから話を聞いてくれって。今日はさあ、俺が……」僕は三橋を突き飛ばした。振り向いてこう子さんをにらみつけた。
「なんなんだよ!これだけ想っても、これだけ尽くしても、結局これかよ!もういいよ!もういい!」
「悠太君、やだよ、話を聞いてよ」こう子さんは涙声で言った。僕の心には何も届かなかった。自転車に乗ってきた事も忘れて歩き出した。後ろの方からこう子さんの声が聞こえたけれど、振り向かなかった。もういい。さすがにもういい。もう終わりだ。全部終わりだ。

 気が付いたら僕は、知らないバーに入っていた。
 カウンターにさっきもらった封筒に入っていたお金と、財布に入っていたお札の全部を置いて、これでお酒を飲ませてくれと言った。
 僕を見たバーテンダーは、バーボンをロックで僕の前に置いた。僕は一気に飲んでもう一杯と言った。
 一体何なんだ!どうせまたどこかでセックスしてるんだ!あの人はそういう人だ、誰だっていいんだ!僕じゃなくたって誰だっていいんだ!そういう女なんだ!
 バーボンを飲み続けると、響子コーチと三橋さんがセックスをしている場面以外の事は考えられなくなった。一番考えたくない事だけが残った。もっと飲めばきっと響子コーチの事は考えなくなるはずだ。
 僕は飲み続けていた。
「荒れてるわね~」僕の隣に女の人が座った。「お姉さんが話し聞いてあげようか?」彼女は僕の太ももの上に手を置いた。
「なんなんだよ?関係ないでしょ?!」僕は突っぱねるように言った。
「怖い声出して~。いい男が台無しよ~。嫌な事があったなら忘れちゃえばいいのよ~。さあ、もっと飲んで忘れちゃえ~」彼女は僕にもっと飲むように言って、太もも全体をさする様に手を動かしていた。僕の目を見ながら、手を僕の股間までずらして、僕の耳元に口を近づけて言った。
「静かなところで話を聞いてげるから。ついてきてよ」僕はよく考えられなくなった頭でぼんやりと思い出していた。
 
 そうだ……黒田美咲さんだ……ずっと前に、あの時と同じだ……
 響子コーチが三橋さんとホテルに入る画像を見せられて、全部どうでもいいって思ったんだ。
 僕は初めてラブホテルに入ったんだ……
 最後に黒田さんは僕に言ったんだ。あなたに恥じない生き方をするわって。黒田さんの想いに応えられなかった事を後悔し続けろって言われたっけ……
 今流されてこの人とセックスするんだったら、あの時黒田さんとしておくべきだったなぁ……
 何度も何度も好きだって言ってくれたんだっけ……
 僕の今は、黒田さんに恥じない生き方とは言えないなぁ……

 僕は胃袋がひっくり返る感じを覚えて、トイレに駆け込んだ。
 トイレも自分の洋服も、嘔吐物で汚してしまった。
 顔を洗いながら、鏡に映った自分の姿を見た。
 情けない、どうしようもない……
 トイレから出た僕は、バーテンダーさんに言った。
「ごめんなさい。トイレを汚してしまいました」バーテンダーさんは2回うなずいたけれど、何も言わなかった。
 カウンターの方に歩いていくと、さっきの女の人が言った。「あらあら、全部綺麗にしてあげるから。行きましょう」彼女は席を立った。僕は彼女に頭を下げた。
「本当にすみませんでした。声をかけてくれてありがとうございます」
 掃除代まで入れて僕が置いたお金で足りないかもしれなかったけれど、僕はドアを開けて外に出た。
 フラフラの足元。千鳥足って本当にあるんだな。僕はそんな事を考えて笑っていた。
 何度かバランスを崩して転んだ。その都度笑っていた。
 最後はどこかのビルの非常口のところに転んで、そのまま眠ってしまった。

 頭がガンガンする。割れそうだ。遠くからスマホが鳴る音がする。だんだん近づいてくる。目を開けるとすごく眩しい。朝が来ていた。
 我に返って、ガンガンする頭にしかめっ面をして電話に出た。
「はい?」
「悠太、今どこ?」こう子さんのお姉さんの声だった。

 洋服が嘔吐物で汚れているし、気分も良くないから会いたくないと言ったけど、すぐに来いと言われて、電車に乗って20分くらいの駅に着いた。
 駅前にはこう子さんのお姉さんとお母さんが立っていた。
「悠太ぁ、ひどいわね」お姉さんが言った。
「すみません、頭が割れそうなので大きな声はやめてください」僕は小さい声で言った。
 お母さんが公衆トイレに行って、タオルを水で濡らしてきてくれた。お母さんは無言で僕の汚れた洋服を拭き始めた。
「やめてください。大丈夫ですから。タオル汚れちゃうから……」僕が言っても、お母さんは無言で拭き続けた。
 それを見ながらお姉さんが言った。「悠太、どこにいたのよ?」
「ええと、どこかのビルの非常口で、寝ちゃっていました」僕はしかめっ面のままで言った。
 お姉さんが続けた。「響子から昨日の夜に電話があったわ。泣きながらね。三橋君、大学の時の元カレ?それと会っているところを悠太君に見られた。これから悠太君の家に行くから、遅くなっても心配しないでくれって」
 僕は嫌なことを思い出した。頭の痛みで薄れていた記憶だ。お母さんはタオルを裏返にして、きれいな方で僕の口の周りや顔を拭いてくれている。僕は頭がガンガンしている。お母さんはタオルを止めて僕の目を見て言った。
「三橋君と響子は本当にもう終わっているから。何にもなかったわよ」
 僕は眉間に最大のしわを寄せたままで言った。「何かあったとかなかったとか、どうでもいいです。今までだって何度もあったんだ。終わっているのに、ああやって会う。何かあったら相談するし、何かあったら相談にものる。おかしいじゃないですか?そんなにあの人が心配ならあの人と一緒になればいいんだ」
 お姉さんが腕組みをして言った。「気持ちはわからないじゃないけれど、響子は情に厚い子だから。冷たくできないんでしょ」
 僕は地面を見たままで言った。「だから、もういいですって。セックスしたとかしてないとか、もういいですよ。そうじゃないんだ。そうじゃないんだ……」僕は歩き出して改札口から駅舎内に入った。

 どこと決めていた訳じゃなかったけれど、なんとなく黒田さんと初めて会った冴子店長の海の家の海岸に向かっていた。駅からの道をゆっくり歩いていくうちに、だんだんと頭痛は少なくなっていた。
 季節が違うから、海水浴場は閉鎖されていて、ビーチにはサーファーがたくさんいた。僕はあの時を思い出して、砂浜にひざを抱えて座っていた。
 これからどうしようかな……
 もう仕事もやめようかな……
 お父さんのいる札幌に行こうかな……
 響子コーチはやっぱり三橋さんが好きなんじゃないかな……
 それとも三橋さんのセックスが上手なのかな……
 忘れられない身体ってあるのかな……
 身体の相性が良いとかネットで見たことがあるしな……

 僕は取り留めもない事をぼんやり考えていた。
 そんな時に聞きなれた女性の声が聞こえた。「おぉ~?そこにいるのは悠太君ではないか?」
 後ろからぱっと覗き込むように現れたのは、僕が知る限り地球で一番美人の冴子店長だ。今は店長じゃなくて真理雄の奥さんか……

 冴子さんは僕の隣にドサッと音を立てて、足を投げ出して、両手を後ろについて空を見るように座った。
「どうしたの~?日焼けにでも来たのかな?そんな様子でもないわね~」
「こう子……響子さんが、また元カレと歩いているところを見ちゃって……」僕がしょんぼりと話し出すと、冴子さんは元気に笑った。
「ははははは。悠太君がそんな風になる時は、いっつも響子さんだね~」
「笑い事じゃないですよ。ひどいです」
「ごめんごめん。ホント悠太君は響子さんに必死だね~」
「当たり前じゃないでか。僕は響子さんがこんなに好きなんだ。すっごく好きなんだ。僕はこんなに好きなのに……」
「好きなのにぃ?」
「僕はこんなに好きなのに、いまだにあの男とこっそり逢ってるなんて……」
「どこでそんな場面に出くわしちゃったのぉ?」
「僕のマッサージのバイトの後で、偶然……」
「あれぇ?悠太君まだバイトしていたのぉ?やめたんじゃなかったっけぇ?」
「やめましたよ。やめたけど、時々セラピストが休んだ時とかヘルプで行くんです……」
「そうだったんだね~。知らなかったよ。オイルマッサージの施術なんてアルバイト、響子さんはよくオッケーしてたね~。私なら嫌だなぁ~」
「……いや、まだ相談する前で……今日にでも相談しようかと……」
「あはははは。こっそりアルバイトの悠太君が、こっそり元カレと会っている響子さんを見ちゃったんだ~」
「全然違うじゃないですか。僕はバイトで、響子さんは元カレとプライベートで会ってたんですよ?」
「悠太君みたいに、突然呼ばれて相談されて、今夜あたり悠太君に相談しようと思っていたかもね~。運が悪いね~二人とも」
「そんな軽く言わないでくださいよ。全然違うんだから」
「悠太君は技師さんなんでしょ〜?アルバイト禁止なんでしょ〜?じゃあプライベートのお金稼ぎだよねぇ~?仕事って言えるのかなぁ?プライベートでオイルを塗った手で女の人に1時間も触りまくる悠太君と、もしかしたら余命宣告された元カレに、今までのお礼が言いたいと言われて会っていた響子さんと、どっちが正義なの〜?」
「いやどうせそんなんじゃないですよ。どうせまたどうでもいい相談という口実で、僕に偶然会わなかったら二人でラブホでやってたんだ」
「私から見たらぁ、悠太君もオイル塗った指でそのお客さんの事イかせてたんじゃないのぉ?って勘ぐっちゃうなぁ」
「そんな訳ないじゃないですか。そんなのひどい偏見ですよ」
「じゃあ悠太君が、どうせあの後ホテルに行ってやるつもりだったって言うのは偏見じゃないの〜?」
「僕はそんな事、一度もしていないけれど、響子さんは前科もあるし……」
「ははははは。やっぱりどれだけ心を入れ替えてもぉ、前科者はそんな目で見られて生きていかなきゃならんのだねぇ〜世間の風が身に染みるねぇ~」冴子さんはまた大笑いした。
「僕は、自分の人生かけて、こんなに好きなのに……あんな風に軽いことされるなんて……」
 冴子さんは、ふっと身体を前に倒して、胡坐をかいて僕をじっと見た。怖いくらい真面目な顔で僕をじっと見た。しゃべり方が突然変わった。

「ねえ悠太君。あなたは自分が自分がが強すぎるわ。自分がこんなに好きなのに、自分はこんなに一生懸命なのに、自分は全部かけているのに。うんざりだわ。人の人生をなんだと思っているの?自分の人生の飾りだと思ってるんじゃないの?笑える。よく聞いてなさい。私の心の中には、今でも優志がガッツリ住んでいるわ。私を愛してくれた男。私を地獄のような毎日から救ってくれた男。勇敢で優しく強い男。だから今でも彼を愛している。セックスだってそう。彼とのセックスは最高だった。彼とのセックスでは奥の方でイけるの。クリイきなんて笑っちゃう。だから真理雄じゃ到底敵いっこないわ?それでも真理雄は私を愛した。それごと私を包もうとしている。あの小さな真理雄がね。カッコ良いじゃないの。最高よ。だから私も彼を愛した。心の中に優志を住まわせたままで、彼も愛した。これは二股なの?私はそこら辺のバカな女じゃないから、愛した男を上書きなんかしない。私は一度愛した男は忘れないわ。あなたは何?童貞で好きな女をクリイきすらさせたことがないあなたは何様のつもり?響子さんの人生は、あなたの飾りじゃないわ。彼女には彼女を主役にした物語がある。それはあなたの物語ではないわ?人の人生という物語を、蔑ろにして踏みつけてゴミみたいに扱ってるのは誰?自分の正しいがこの世のことわりだなんて勘違いしたバカで知ったかぶりしているのはどこの誰?」最後にギロッと僕の顔をにらみつけて、2秒後にふわっといつものやさしい美人に戻った。
 冴子さんはまた両手を後ろについて空を見上げた。
「今日はぁ~いい天気ねぇ~。女はねぇ、強い男が好きよ~?古いなんて言う人もいるけれど、何万年も前から戦うのが男の仕事で、寝床と子孫を守るのが女の仕事なのよぉ~。だからぁ、本能ってやつ?文化なんかじゃ覆いかぶせない、本能ってやつで強い男が好きなのよぉ~。でもそれはねぇ~表面的じゃダメなのよぉ~。表面上の強いフリに騙されるおバカな女もいるけれどぉ、イイ女は違うわよぉ?ちゃんとその男の本質的な強さを見極めるのよぉ~。悠太君も頑張って強い男にならないとぉ、バカな女にしかモテないぞぉ!」
 冴子さんは立ち上げって、両手でお尻についた砂を払った。
「じゃあねぇ~、悠太君。感情に流されて、大切な事に向き合う事から逃げる男は、強い弱いの前に論外だからねぇ~!」僕に向けてウインクをして、片手をバイバイと振って歩き出した。

 僕は呆気にとられたし、自分が知っていると思っている人の事も、この世界の事も、本当の1割くらいしか解ってないんじゃないかって気がしていた。
 家に向かう電車の中で、ずっと前に百瀬コーチから言われた事を思い出していた。他の人の中にいる僕は、僕が発した言葉と行動で出来上がるもの。僕がどう考えているかなんて関係ないって言っていた。僕は今まで知らなかった冴子さんの一面を見て、僕の中の冴子さんが変わった。昨日までの冴子さんは消えて、新しい冴子さんが僕の中に生きている。僕は解っているつもりになっているだけで、本当は何にも解っていない。それなのに、ただ知ったかぶりを続けて、正しいとか間違えているとかを振りかざしている大バカなんだ。
 僕は電車の中で、ひどい後悔を感じていた。

 どうやって、こう子さんや、お母さんやお姉さんに謝ればいいんだろう?そんな事を考えながら、駅から家までを歩いていた。ああ、自転車も取りに行かなきゃいけないなぁ……
 でももう暗いから、明日早起きして、マッサージのお店に行って、自転車に乗って病院に行って……って、今日無断欠勤しちゃったよぉ。まずいなぁ……具合悪かったのは嘘じゃないから、連絡できないくらい悪かったって謝ろう。

 マンションが見えるところまで帰ってきて、ふと顔を上げると、マンションの前にこう子さんが立っていた。僕は涙があふれてきた。
 流れる涙を拭きながら、走り出してこう子さんの近くまで行くと、こう子さんが顔をクシャクシャにして大声で泣き始めた。大人が「ワ~ン、ワ~ン」と泣くのを初めて見た。僕の涙は引っ込んだ。
「こう子さんごめんなさい。昨日の夜からずっと待ち続けてくれていたの?!昨日は僕……」僕の言葉を遮るように、こう子さんが抱きついてきた。こう子さんはずっと泣いていた。
 通りを歩く人がジロジロ見ている。とにかく部屋に行こう。そう思って抱きついているこう子さんを押し離して言った。
「とにかく、部屋に……」僕が言いかけるとまた遮って僕を抱きしめて、さっきまでの泣き声より大きな声で叫んだ。

「悠太君、結婚してください。私と、結婚してください」

 僕は今日二度目の呆気にとられた。
  
 こう子さんの背中を押して、部屋に入った。僕は最近ではキレイに使っているキッチンでお湯を沸かして紅茶を入れた。
 こう子さんはブラックコーヒーが苦手だ。ミルクは無いから紅茶にした。
「はい、これ、飲んで」僕はこう子さんに言った。
「うん……」こう子さんはうなずいた。

「こう子さん、昨日は本当にごめんなさい。24時間も待たせてごめんなさい。あんな風に自分を抑えられなくなったのは……あ、いつだったかこう子さんが河原で変な連中にからまれていた時も、気が付いたら身体が動いちゃっていたけど、あの時より訳わかんなくなっちゃって。三橋さんは怪我していないかな……」
「うん、大丈夫。確認した訳じゃないけど、いいよ。どうでも。昨日は私の方こそごめんなさい。昨日はね……」僕が遮った。
「もういいんだ。僕は自己中心的過ぎた。こう子さんの時間は僕の人生の飾りじゃないから。こう子さんにはこう子さんの時間がある、やっと理解できたから」
「ちゃんと言わせて?ちゃんと伝えたい」
「うん、わかった」
「昨日はね、夕方に三橋から連絡があって、三橋は結婚して子供が3人いるんだけど、そのうちの1人が脳性麻痺を抱えているんだって。それも初めて知ったんだけど。それで今の病院の治療方針について納得いかない説明があって、その事で相談があるって言われたの。明日家族で病院に行って話をするから、その前にアドバイスが欲しいって言われて、悠太君に連絡しようと思ったのだけれど、帰ってきてから言おうと思っていたの。本当にもう何もないの。嫌な思いさせちゃうかもしれないけれど、私が入院したの、覚えてる?」
「もちろん。心臓の検査入院の時ね」
「そう。あの時に三橋もお見舞いに来たんだけど、その時も私の体を求めてきてね、ああ、こいつは本当に私の事を道具だと思っているんだなぁって感じて、完全に冷めたの。だからもう何があっても、あいつとは何にもない。ただ今回は、脳性麻痺の子供の事、しかもリハビリの事でって話だったから、三橋の為じゃなくって、その子の為にできる事があるならば、って思ったの。だから、本当にごめんね。先に言うべきだった」こう子さんはうつむいた。
「こう子さん、顔を上げてよ。僕はこう子さんの顔、大好きなんだ。見えないのは淋しい。僕も嫌な思いをさせるかもしれない、言っていない事を話すね。こう子さんが前にトライアスロンチームのマッサージ師に、その……夢中みたいに僕に言った事があって」
「夢中なんて言ってない」
「うん、まあ僕の耳にはそう聞こえちゃったんだけど。それで僕は技師になるのをやめてマッサージ師になろうって思った時があって。真理雄に仕事としてじゃなくって、民間資格でも取って、響子コーチ専用特化型マッサージ師になれば良い話じゃんって言われたんだ。僕もそうかもしれないって思って、響子コーチ専用特化型マッサージ師になるための修行として、マッサージのアルバイトをしていたんだ」
「え?すっごい初耳」
「そうだね、言ってなかった。ごめん。それでね、病院はアルバイト禁止だから大学卒業の時にやめたんだけど、セラピストが病欠の時とか、月に1回あるかないかなんだけど、ヘルプに行ってたんだ。昨日はヘルプに行った帰りだった。僕も明日相談して、これからも続けるか、もうやめるか決めようと思ってた。だから同じだったね。ごめんなさい」僕は頭を下げた。

 こう子さんは僕の手を取って、僕の手を見ながら言った。「私たちはこんなに近くにいるのに、まだまだ知らない事だらけだね」顔を上げて僕の目を見てほほ笑んだ。八重歯の可愛い響子コーチの微笑み。僕はギュっと抱きしめた。

 僕はこう子さんの耳元で言った。「さっき結婚してくださいって言っていたけれど……」そこまで言うと、こう子さんがさっと僕から離れた。
 こう子さんは正座に座りなおして、手を床について言った。「不束者ではございますが、あなたの事が大好きです。私と結婚してください」
 僕はこう思った。夢なら覚めないでこのまま死にたいなぁ。
 こう子さんは僕にキスをくれようとしたけれど、僕が止めた。
「初めてお酒を飲んで、ゲロ吐きまくって、一晩ホームレスをやったままなので、せめて歯を磨かせてください」僕は土下座返しをした。
 僕は脱衣所で洋服を脱いだ。ゲロまみれになったこのシャツは、洗えばキレイになるのなかな?さっきこう子さんの事、抱きしめちゃったけど汚しちゃってないかな?一応洗濯カゴに入れた。
 バスルームに入りシャワーを出した。10秒くらいは水だ。温かいお湯が出てきたので、僕は立ったままでシャワーヘッドを壁に固定して頭からお湯を浴びた。
 
 この24時間は僕の人生でも最高に濃厚だったなぁ。お湯は僕の頭から足下まで、この丸1日で起こった色々な事のノイズを洗い流していった。
 僕はフツフツと笑いが込み上げてきた。こんな風に笑うべきではない場面だけど、笑いがとまらない。なんか厭らしい。
 だってノイズが洗い流れていくと、僕の頭には響子コーチの言葉だけが何度もこだましていた。
 僕はとうとう、僕はとうとう、響子コーチと結婚できる。響子コーチと家族になれる。やった。やった。
「やったぁ〜」笑いながら声に出してしまった。
 
 ――ガチャ
 ドアの開く音がして振り向くと、そこには裸のこう子さんがいた。響子コーチとはスイミングクラブのシャワールームで、何度も一緒にシャワーを浴びたけれど、裸の響子コーチを目にしたのは、間違いなく初めてだった。
 僕は言葉を探せずに、絞り出たのは「キレイ……」だった。
 響子コーチは一歩進んでシャワーから出るお湯の束に入った。僕の身体と響子コーチの身体が密着した。
 今では僕の方が背が高いから、僕は響子コーチを見下ろすように見つめている。
 響子コーチは僕の胸に両手を置くと、少し背伸びをして僕にキスをしてくれようとした。
 「まだ歯を磨いてない……」僕が言いかけると、響子コーチは唇でそれを封じた。
 シャワーの音と、響子コーチの呼吸の音。シャワーから出るお湯と違う暖かさを持った響子コーチの体温。
 皮膚と皮膚が触れ合う感覚は、人生で初めてだ。
 好きな人と肌が触れ合うのは、こんなに気持ちが良いものなんだ……
 響子コーチは僕の首に腕を回して、もっと密着してキスが激しくなった。
 僕は勃起していたので、腰を少し引いた。
 響子コーチは、もっと体を強く寄せて、僕の勃起した男根は、響子コーチのおなかに押し付けられた。

 強く激しいけれど、とても柔らかで、とろけるようなキス。
 お湯で温めると、溶けて形がなくなりそうな柔らかいキス。
 僕も自分の腕で練習したから、顔の力全部抜いて、頭ごと動かして響子コーチの唇を追った。

 響子コーチがヒザを曲げて僕の足元にひざまずき、勃起した僕の男根を口の中に含んだ。
 僕は腰を引いて言った。「ちょっと待って……」
 響子コーチは見上げて言った。「私じゃ……嫌?」僕は首を左右に振った。
「嫌じゃなくって……」僕は響子コーチの両腋に手を入れて立たせて、僕がヒザを曲げて、響子コーチの前にひざまずいた。

 響子コーチの片方の脚を肩に担ぎ、響子コーチの下腹部の薄めの黒いフワフワした性毛に顔をうずめた。
 顔を少し下げて、初めて女性の秘部にキスをした。したことがないけれど、響子コーチに教わったキスは本当に気持ちが良いから、きっとここにも柔らかいキスをしたら、響子コーチが気持ちよくなってくれると思った。
 僕は顔の力を全部抜いて、響子コーチの秘部に最大限の柔らかいキスをした。
「う……」響子コーチは少しの声を出した。僕は海外ネットの無修正サイトで勉強はしてある。ぷっくりと盛り上がって皮膚に隠された膨らみ。たぶんここがクリトリス。でもすごく敏感な所だから優しく丁寧に。僕は響子コーチのクリトリスに、できる限り優しく柔らかく唇を当てた。
「んんん……」響子コーチが少し腰を引いた。
「痛かったですか?」僕は心配になり上目で響子コーチの表情を伺って聞いた。
「痛くないよ。気持ちいい……だけ……」響子コーチの声は、トローンとした甘ったるい声になっている。僕の心臓は壊れそうなくらいギュッとなった。
 僕はクリトリスを上唇で下から上に持ち上げるようにして、保護している皮膚をめくりあげて、舌先を少し硬くして、下から上になぞった。
「んぁ~」響子コーチの声は、もう……大好き。この声が大好き。
 力を抜いて柔らかくした上唇で、クリトリスを保護している皮膚を下から上に何度も持ち上げるようにめくりあげて、今度は舌をとても柔らかいままで広げて、大きな密着範囲でソフトクリームを舐め取る様に、もっと下にある響子コーチの蜜壺からクリトリスまで一気になぞり上げた。それを何度も繰り返した。
「はうっ」響子コーチは僕の頭を両手で持って、グッと力を入れて押し付けた。響子コーチが僕の頭を秘部に押し付けている。もっと強く舐めろと指示しているように。
 僕は舌を幅広く広げて板のように硬くして、早い速度で下から上、舌の裏側の柔らかいところで上から下と響子コーチの淫唇を押し開くように刺激した。
「んぁ、ぁあああ」響子コーチは僕の頭を押さえながら、腰を前後に動かした。僕は集中して響子コーチの腰を振るリズムを感じ取り、そのリズムに合わせて舌を上下させる速度を調整した。
「はっ、はっ、はっ、はっ」腰の動きと僕の舌の動きにリンクするように、響子コーチの声はリズムを刻んだ。そしてそれは少しずつ早くなった。僕はリズムを崩さないように集中して舌を上下させ続けた。
「ん……ぁああ~ダメ」響子コーチの声は大きくなり、僕の頭を押さえる力がギュッと強くなり、腰の動きがピタッと止まり、この瞬間から動かすなと指示された気がした。僕が1度だけ舌を下から上に舐め上げた瞬間に、響子コーチは一気に呼吸を吐いた。
「ああああ~」ビクビクビクっと痙攣するような動きをした後、10秒くらい僕の頭を押さえつけたままじっとしていた。僕は微動だにせず次の指示を待った。
「はぁ~……きたよ……」響子コーチはトロ~ンとした目と声で、僕に言った。
 僕はゆっくりと立ち上がって、響子コーチを抱きしめて、ゆっくり柔らかくキスをした。響子コーチは動かずに、完全に受け身になっていた。
 響子コーチは僕の顔を両手のひらで挟んで言った。「悠太君……本当に初めてなの?……」多分響子コーチはイってくれたっぽい。でも知ったかぶりは良くない。だが雰囲気をぶち壊す質問も良くない。イってもらえたかをどんな言葉で確認しようか考えた。
「もちろん初めてです。キスも、女性のアソコに触れたのも、女性のアソコを舐めたのも。響子コーチが初めてです。そして最後です。だから心配です。痛くなかったですか?」
「だから……きたって言ったでしょ……意地悪なこと聞かないの……」響子コーチは強く抱きしめてくれた。
 響子コーチはイったことを「きた」と表現する事を学んだ。
 
 僕たちはバスルームでその後も、シャワーを出しっぱなしで、しばらくキスをしていた。
「出よう……」響子コーチが僕の腕をつかんでシャワーを止めた。
 お互いの身体をバスタオルで拭きあった後、僕たちはベッドに入った。響子コーチの上に僕が覆いかぶさるような体勢で、柔らかい柔らかいキスをずっとしていた。
「私にも、悠太君を愛させて……」響子コーチが手で誘導する動きに合わせて、僕は横にずれて、ベッドに仰向けになった。
 響子コーチは僕の両脚の間に入るように身体を下げていき、僕の勃起している男根にキスをした。
「悠太君、こんなに出てるよ……」興奮して勃起した僕の男根からは、透明な粘り気のある液体が垂れ流れている。
「ごめんなさい、ティッシュで拭きます」僕はティシュを探した。
「違う、ゴメン、拭いてほしい訳じゃないの、嬉しいの。私でこんなに興奮してくれて、嬉しいって事が伝えたかった」響子コーチは僕の勃起した男根を右手で握ったまま、見上げるように言った。
 ゆっくりと舌を出して、僕の男根の先端から流れ出る透明な液体を舐めとった。先端部分を撫で回すような舌の動きをしたり、パクっと男根を口の中に含んだり、裏側を左右にレロレロと動かした舌で刺激した。
「ウ……」僕は声が出てしまった。響子コーチが「フフフ」と笑った。
「ごめんなさい、男のくせに声が出ちゃった。気持ち良くって」僕は恥ずかしくて言い訳をした。
「悠太君、それも違う。嬉しいの。悠太君を気持ちよくさせられて嬉しいの。それに私の大好きな悠太君が、他の人に聞かせた事がない声を、私にだけ聞かせてくれて、カワイイって思っているの。からかっている訳じゃないの」僕は安心した。
 しばらく響子コーチは、僕の男根にキスをしたり、口の中に含んだり、吸いながら頭を前後に動かして、響子コーチの口の中を出たり入ったりさせたり、僕はだんだん、そう、出ちゃうかもしれない感じになってきた。
「……響子コーチ」
「なぁに?」
「気持ちいいけど淋しいですので、顔を僕の方に持ってきてもらえませんか?」
「私のフェラは嫌だ?」
「違います。もう、気持ち良くてイっちゃいそうです。幸せです。でも、上半身が淋しいです。響子コーチの体温を感じたいです」
「わかった」
 響子コーチは体勢を変えて、僕の男根を口に含んだままで、僕の顔をまたぐような体勢に変えた。
 僕は目の前にある響子コーチのパックリ開いた淫唇の中の蜜壺にむしゃぶりつきたくなったけれど、それでは痛いだけかもしれない。顔の力を抜いて、優しく優しくキスをした。
「はぁん……」響子コーチの甘い声が部屋に響いた。響子コーチの蜜壺の奥からは、ドクドクと淫汁が流れ出てくる。
「響子コーチの、汁、おいしいです、夢みたいです」僕は吸ったり、舐めとったり、響子コーチに痛みを与えないように気を付けながら、できる限りの方法で響子コーチの汁をむさぼった。
 響子コーチも僕の男根を深く喉の奥まで飲み込んだり、浅くしたり、リズミカルに舐め続けた。
「響子コーチ、お願いします、ちょっと、ちょっと待って」僕は懇願した。響子コーチは聞き入れずリズミカルに動かし続けた。本当にもうダメだったので、僕は腰を引いた。
「本当にもう、あの、ちょっと待って」
「私の口には出したくない?」響子コーチは少し意地悪で、悪戯な顔をして言った。
「違います、違います。えっと……一つになりたいです」僕は恥ずかしいお願いをした。
「悠太君が言う一つになりたいって、どういうこと?」またしても意地悪で悪戯な顔をして言った。
「……えっと、入れさせてください」僕は勇気を出して言った。今までもギリギリまでは許してくれていたけれど、この一歩は無かった。響子コーチは嫌なのかも。僕は心配だった。
 響子コーチは身体を入れ替えて、僕の横に両肘をついて僕の顔を覗き込んで言った。
「ゴムはある?」僕は首を左右に振った。そうかぁ。そうだよなぁ……
「コンビニで、コンビニで買ってきます」僕は慌てて言った。
「あ~。そんなには待てないかなぁ……」この意地悪で悪戯な顔は、もう、反則にしてほしい。
「じゃあ、どうしたらよいですか?」僕が言うと響子コーチは僕の上にまたがった。僕の勃起した男根に手を添えて、響子コーチの濡れてグジュグジュになった淫唇をこねるように当て動かしている。
「悠太君、私としたかった?」
「それはもう……ことばにできませんくらい」日本語がおかしくなってきた。
「じゃあ、ちゃんと言ってみて。ちゃんと言葉で伝えてほしい」
「大好きです、大好きです、大好きなんです。夢でした。僕の夢です。響子コーチが全てです。おねがいします。なんでもします、響子コーチが望むことならなんだって」僕は必死にお願いした。
「それじゃあ何をしたいのかわからないよ?」
「入れさせてください。響子コーチのあそこに入れさせてください、響子コーチと……」僕がさらに必死になっていると、お願いの途中で響子コーチは腰を下ろした。
 ――ッズブリュ
「あああ~ん」響子コーチの中に僕の勃起した男根が挿入される生々しい音と、響子コーチのとても、それはとても甘く淫靡な声が部屋に響いた。
 響子コーチの中は、本当に温かく、やわらかで、それでいてザラザラと刺激がある、言葉が、出てこない、幸せな、極楽な、柔らかな、もう……
「死ぬなら今……死にたいです」僕は叫んでしまった。
 
 響子コーチは抜けそうになるギリギリまで腰をゆっくり上げたり、じらすように本当にゆっくりとまた腰を下げたり、すっと素早く腰を持ち上げて抜けてしまうギリギリにしたり、そのままじらすように止めたと思ったら、素早く奥まで一気に挿入したり、僕を弄ぶような動きを続けた。
 僕が歯を食いしばって声が出ちゃうのを我慢していると、響子コーチは僕の胸におでこを押し当てて、身体が小刻みに揺れ出した。2度3度と身体が揺れた後スッと上半身を立たせて、なんと笑い始めた。
 
「ひどいですよ~。僕の経験がないからってそんな……」
「違うの、違うの、ゴメンね。ごめん」そう言いながら、響子コーチは笑い続けていた。
「もう、ひどいなぁ。ちゃんとこれから上手になります。声だって出さなくします。競泳だって、ちゃんと言われた事を実行して上手になったでしょ?だからちゃんと教えてください。僕の下手が治らなかったら、それはもう響子コーチに責任ありですよ」僕は必至で言い訳をしていた。
 感じてくれてヒクヒク身体が揺れていたのではなく、響子コーチは笑いをこらえてヒクヒクさせていたのだ。そして今は、僕と深くつながったままで、目いっぱい堂々と大笑いしている。
 僕もなんだか面白くなってきてしまった。というか、幸せだ。セックスはもっとこう、男性が一方的に、いいのか?いいのか?みたいに攻めたり、暗い部屋で、無言でパンパンするものだと思っていた。男性が射精してスッキリするのが目的みたいというか。
 でも今実際に体験している響子コーチとのセックスは、そう……この世で一人だけと交わすことが許される方法での会話だ。ダンスとかテニスとか、もしかすると強い人同士の将棋とか、相手の動きを読んで、先回りして、相手にどうだ!?って突き付けたり、お互い協力してラリーを続けたり。すっごいコミュニケーションだ。
 それはやっぱり、響子コーチとだけしたい事だし、響子コーチには僕とだけして欲しい。これも自己中心的なのかもしれないけれど、やっぱり僕はそう望んでしまう。

「あのね、悠太君、怒らないで聞いてくれる?悠太君を怒らせたら、ゴメン、先に謝っておく」深く挿入したままで響子コーチが言った。
「響子コーチ、覚えてないと思うけど、ずっと前にも同じセリフ僕に言ってる。僕がクロール1本にすると、担当が三橋コーチになるから嫌だって言った時、別れたし、もう三橋コーチはスクールには来ないって言った時」
「ははは、覚えてないよ~。よく覚えてるね」
「僕は他の事はともかく、響子コーチとの事は全部覚えています。日記にも怖いくらい書いています」
「うわぁ~私の黒歴史がぁ~」響子コーチと僕はまた大笑いしている。時々響子コーチは腰をクイッ、クイッっと動かして、「フゥ~ぅ」っと声を出して天井を見上げてたりしながら、話を続けている。
 深く挿入したままで響子コーチが笑ったり話したりすると、響子コーチの蜜壺がキュッとしまったり、ギュッギュッギュッと揺れたりして、声の振動があそこを通じて伝わってくるので、とても、幸せが凄い。
「悠太君は今、私とエッチをしていて、どんな風に感じているかわからないんだけどね、私はね、今本当に幸せで楽しい気持ちなの。他の人とね、比べるつもりもないし、ないんだけどね、もっとこう……射精したいぞ!いきたいぞ!っていう感じの、一人エッチの延長線上にあるセックスがね、私のしてきた事っていうか、まあ、そんな感じなんだけど、こんな風にね、してる最中にね、いろんな話をしたり、この人カワイイ、大好きって想い過ぎて笑い出したりね、そういうのはなかったのね。だから笑っているのはね、悠太君が下手だからとか、そういうのじゃなくってね、幸せ過ぎて笑っているだけなの。心がね、身体ももちろん感じてるんだけど、心がね、感じちゃって、なんだかくすぐったいの、だから笑っちゃってるだけなの。こんなにね、素敵なセックスは初めてだしね……悠太君……大好き……私をずっと好きでいてくれて……ありがとうね」
 響子コーチは身体を倒して、時々腰を動かしながら長いキスをくれた。
「響子コーチ。僕は、今日初めての、その、エッチなんですけれど、もっとこう、黙々とするものだと思っていたので、すごい感動しています。エッチってこう、最高のコミュニケーションなんだなって感じています。自己中な考えかもしれないけれど、できれば、これからは僕とだけ、こんなコミュニケーションをしてもらいたいです。響子コーチが望むこと、僕はなんだってやります。だから、響子コーチが望む事を、ちゃんと教えてください。僕は、今までだって、自由形も長距離も、トライアスロンだって、全部こなしてきたでしょ?やればできる子だから、ちゃんと教えてください。エッチだけじゃなくって、恋人ができるのも初めてなので、デートの事とか、ヘタクソだけど全部教えて下さい。僕は今、最高に幸せです」
 今度は僕が上半身を起こしてキスをした。
「私のコーチングは厳しいの知っているよね?それでも私に、教えてくれって言うの?」
「響子コーチ以外に教わるつもりはないです。必ず響子コーチの教えは、絶対コンプリートさせます。今までだって、あ、ごめんなさい。僕は僕はって、うっとおうしいですね」
「なぁに?それぇ。私は悠太君をうっとおしいなんて思いませんよ。大好きだよ。私だけの悠太」響子コーチに始めて呼び捨てで呼ばれた。僕は本当に天にも昇る気分だった。

「そろそろ、イきたいんじゃない?」響子コーチが小さな声で耳元でつぶやいた。
「今日は、このまま終わりにしたいです」僕が答えると、すごく驚いた顔で僕を見た。
「え?私じゃイけない?私相手じゃイきたくないって事?」
「違います違います。そうじゃなくって、その、何て説明したらいいかなぁ。今夜このまま終わりにすると、まだ終わっていない事になって、明日仕事をしている間も、休憩をしているだけで、ずっと響子コーチとエッチしている感じになります」
「なにそれぇ?男の子なんだから、出さないとダメでしょ?」
「響子コーチこそ、なにそれぇです!三橋さんがそうだったからって、僕も出したがりって訳じゃないですからね」僕は頬を膨らませて言った。
「ああもうカワイイ~。でも私からのお願い。悠太と初めてエッチした今夜、私の中で出してほしいの。私が不安になっちゃうから。やっぱり私じゃダメなのかな?って」
「だからそれはもう、北と南が入れ替わってもないですって」
「あ、80万年に一度の確率で、それは起こり得るって事?」
「いやいや、例えが違ったな。ポールシフトの話は忘れてた。でも響子コーチが嫌な事はしたくないです。でも、響子コーチは忘れているかもしれないけれど、僕コンドーム付けていないです」
「うんうん。また嫌な気にさせるかもしれないけれど、私は今まで、中で出された事はないの。だから、悠太が初めてになる。結婚してくれるんでしょ?」
「もちろん、どれだけ賠償金額を積まれても、もう契約破棄に応じるつもりはありませんから」
「じゃあ問題ないでしょ?悠太の初めてを私がもらった日に、私の初めてを、悠太にもらって欲しいの」
「変な事聞いてもいいですか?」
「何をいまさら?」
「どんな体位で?お互いの初めてを交換しますか?」
「ははは。そうだねぇ、私は怖い鬼コーチらしいから、このまま私が上になって、私の腰の動きで悠太をイかせたい。私が悠太の精子を搾り取った初めての女になりたい」
「もう一つ問題があるけど、一応伝えておきます」
「え?本当は中に出すの初めてじゃないとか?」
「違う違う。たぶんですけど、響子鬼コーチが動き出すと、ほんの、ほんの数秒で、自由形50メートルより早いタイムで……」
 僕が言い終わる前には、響子コーチの唇が僕の唇をふさいで、響子コーチはスタート台から飛び込んだ。
 僕の男根を、響子コーチの蜜壺から出し入れするような腰の動かし方をしたと思ったら、深くまで挿入したままで、腰を前後に動かし、響子コーチの奥にある、コリコリしたところに押し当てるような動きをしたり、角度を変えてクリトリスを僕の恥骨に強く押し当てながら上下にこするように動かしてみたり、自由形の50メートルの僕のタイムだった23秒後半はクリアできたけれど、200メートルの1分48秒よりかは早かったと思うタイムで響子コーチの一番奥の、コリコリした子宮の入り口に射精した。

 射精はしたけれど、硬いままの僕の上で響子コーチは言った。「若いね……」
 今度は僕が上になって、ヘタクソなりに響子コーチがやったピストンのような出し入れする動きや、奥まで入れて響子コーチの内臓を動かすような上下の動きや、深く挿入したままで、円を描くのような動きをして、2回目の射精をした。

 それでも僕の勃起は収まらなかったので、ちょっと笑いながら響子コーチが言った。「アスリートはねぇ……」
 僕は体位を変えてバックの体制を取ろうとしたけれど、響子コーチが言った。
「悠太、私お尻の形に自信が無いからバックは苦手……」当然響子コーチの嫌がる事はしないので、お互いが足を投げ出して向かい合って挿入したまま座る形で、顔を見ながら色々な話をしながら時間をかけて、その姿勢のままで抱き合ってキスをして3回目の射精をした。
 これだけ素敵でキレイで厭らしくって可愛いお尻に自信がないなんて……僕は人間の意識の不思議さも知った。
 僕の初めてのエッチは、ちょっと凄かったし、セックスに対してのイメージも大きく変わったし、何より、本当に幸せな時間だった。

 怖い方の冴子さんにまた怒られたら、好きな女を口でのクリイキならさせた経験はありますって言えると思った。


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