戸籍ごと売られた無能令嬢ですが、子供になった冷徹魔導師の契約妻になりました

第一章 魔塔の主との契約結婚

「ルーカス・オルディルは俺だ」

「え……」


 存在感のあるデスクの向こうに配置されたデスクチェアが、ゆっくりと回転してこちらを向いた。

 突然自らの職場である魔塔の最上階に呼び寄せられたシルファは、溢れんばかりに目を見開いた。

 見るからに高級なデスクチェアにちょこんと腰掛け、悠然とした態度で魔塔の最高責任者の名を名乗ったのは、どう見ても十歳かそこらの少年であった。
 まだ声変わりをしていない高く幼い声音ながら、どこか貫禄さえ感じさせる佇まい。ピリッとした空気がその場を包み、自然とシルファの背筋も伸びる。

 状況をいまいち飲み込めていないシルファに、ルーカスはこの場に呼んだ理由を分かりやすく説明してくれる。
 怒涛の展開に目が回りそうであったが、どうにか話の要点だけは飲み込むことができた。


「というわけで、俺と契約結婚をしないか?」

「――は?」


 魔塔の最高責任者を前に、この返答は如何なるものかと思う。けれど、突拍子もない提案を前に開いた口が塞がらない。


「どうだ? 俺にも君にも、悪い話ではないだろう。互いに利があるとは思わないか?」

「そ、それは……」


 確かにルーカスの言う通り、彼と形ばかりでも結婚してしまえば、目下自分を悩ませている問題は解決するかもしれない。

 シルファがようやく働き始めた頭で情報を整理している間も、ルーカスはどこか楽しげに口の端を上げている。その黄金色(こがねいろ)の瞳には、知識欲や探究心、それに抑えきれない好奇心が滲み出ているように見える。

 どちらにせよ、彼の秘密を知ってしまったのだ。もう後には引けない。
 それに、どうせ自分には帰る家も守ってくれる家族もいない。

 シルファは覚悟を決めてごくりと喉を上下させた。すっかり乾いた唇を舐め、小さく息を吐き出す。


「分かりました。そのお話、お受けいたします」


 しっかりと胸を張って答えると、ルーカスは悪戯が成功した子供のように笑みを深めた。





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