戸籍ごと売られた無能令嬢ですが、子供になった冷徹魔導師の契約妻になりました
 魔塔の最高責任者として、この場を離れてもいいのかという心配ももちろんだが、ルーカスがもう何年も魔塔を出ていないのは、彼が退行魔法により子供の姿になってしまっていることによる。魔塔の主が子供の姿から戻れない現状を、知られてはならないのだ。

 そんなルーカスが王都から離れた港町とはいえ、外を出歩くなんて危険ではないだろうか。


「シルファの心配はよく分かる。だが、こればかりは自分の目で確かめたいのだ。魔法省の許可を取るのに時間がかかったが……なに、対策はもちろん考えている」


 そう言ってルーカスが胸ポケットから取り出したのは、色付きガラスの丸眼鏡だった。

 ルーカスが眼鏡をつけると、透け感のある黒いレンズが彼の黄金色の瞳の輝きを抑えて見えた。それだけでなく、なんだか別の誰かがいるような奇妙な感覚に襲われる。


「どうだ? この眼鏡には認識阻害の魔法を組み込んである。悪意あるものに悪用される可能性があるから実用化はできんが、今の俺にはうってつけの魔導具だろう?」

「すごい……! ルーカスだって分かっていても頭の中の認識が微妙にズレているような、変な感じがします」


 目を輝かせるシルファを前に、ルーカスは得意げに鼻の穴を膨らませた。


「そうだろう。これがあれば少しの間ならば外に出ても問題あるまい。流石に王都は魔塔勤務者が多くて出歩けんが、港町であれば俺を知る者も少ないだろう」


 ルーカスの言う港町ルビトは、王都から馬車で五日ほど離れた場所にある。漁業が盛んで、レトロな町並みと海が美しい景観に優れた町である。


「それで、どうしてルビトに視察へ行くのですか?」




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