戸籍ごと売られた無能令嬢ですが、子供になった冷徹魔導師の契約妻になりました
 確かに普段から寝所を共にしているし、何らおかしいことではない、のかもしれない。

 てっきり人数分の部屋が用意されていると思っていたシルファは、内心ドギマギしながら宿への道を歩く。
 せめて、シルファに一人部屋を譲ってくれてもいいのではないかと思ってしまう。


「シルファが隣にいないと寝た心地がしない。俺の安眠のためにも同室で頼む」

「うぐ……わ、分かりました」


 どうにか気持ちを落ち着けて冷静になろうとしていたのに、いい笑顔でそんなことを言われたシルファの心は乱れに乱れることになった。

 本当に、天然タラシの夫を持つと心臓がいくつあっても足りない。

 宿泊先は町役場から程近い場所にあったため、頬の火照りが冷めぬうちに到着した。

 宿はこぢんまりとしつつも風情のある木造の建物だった。一階は酒場になっているようで、海の男たちがわいわいと酒を飲み交わしている。

 用意されたのは二階の角部屋で、窓を開ければ月明かりに照らされた海が望める素晴らしい部屋だ。


「すごい……! 私、海って初めて見ました」

「そうなのか」


 ティアード王国は広大な領土を誇っているが、内陸の都市を中心に繁栄しているため、シルファのように海を知らない者も少なくはない。海に行くには王都から最低でも三日はかかる。

 夜の海をキラキラした目で見つめるシルファに、ルーカスは優しい笑みを向ける。





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