戸籍ごと売られた無能令嬢ですが、子供になった冷徹魔導師の契約妻になりました
「シルファが知らない景色が、この国にはまだまだたくさんありそうだな。俺が元の姿に戻って、魔塔の出入りが自由になったら……新婚旅行を兼ねて王国中を旅するのも悪くないな」

「新婚旅行……はい、そうなれたら素敵ですね」


 むず痒い単語を耳にし、シルファの頬に朱が差す。

 ルーカスが自らにかけた退行魔法の解除の妨げになっている暴走した魔力は、そのほとんどがすでにシルファによって中和されている。

 あと少し。鎖のように魔法式に絡みつく余剰な魔力を吸い取ってやれば、きっとルーカスは退行魔法を解除することができる。

 けれど、あと一歩というところで、どうしてもシルファは躊躇してしまうのだ。
 ルーカスが元に戻った時、果たして今の幸せな生活を続けることができるのか、と。

 ルーカスからの愛情は疑っていない。シルファも彼を愛している。元の姿に戻った暁には、胸の内で育ててきた大輪の花のように咲き誇った想いを彼に打ち明けたいと思っている。

 だが、彼の周囲はシルファの存在を良しとしないのではないか。その不安がどうしても消えてくれない。

 マリアベルが魔塔の最上階に突撃してきたあの日、シルファは痛感したのだ。
 シルファはルーカスに相応しくない、と。
 シルファが魔塔の最上階で過ごし、少しずつ育んできた自信は儚く崩れ落ちてしまった。

 あの日以来、マリアベルは魔法省に厳重注意を受けたらしくシルファたちの前には現れていない。だが、謹慎が明けたあと、決して諦めないといった旨の手紙が届いていた。

 ルーカスは鼻で笑って手紙を廃棄していたが、所詮シルファは実家の後ろ盾もない非力な女である。侯爵家の生まれで、魔法省にも深い繋がりを持つマリアベルが本気を出せば、シルファなんて簡単に排除できるのではないだろうか。


 それこそ、魔法省に圧力をかけられでもすれば――




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