戸籍ごと売られた無能令嬢ですが、子供になった冷徹魔導師の契約妻になりました
 そこにちょこんと鎮座しているのは、どう見ても少年だ。せいぜい十歳といったところだろう。

 シルファが聞くところによると、魔塔の最高責任者であるルーカスは二十代後半の成人男性であるはず。


(まさか、子供の悪戯?)


 ふとそんな考えが頭をよぎるが、魔塔の最上階に入ることができるのは、その部屋の主が認めた者だけだ。わざわざシルファを困惑させるためだけに、そのようなことをする理由がない。

 ルーカスだという少年は、ゆっくりと脚を組んで膝の上に肘をついた。

 濡羽色の髪を金色のリボンで低い位置にまとめていて、知性を感じさせる瞳は黄金色に輝いている。まるで新しいおもちゃを与えられた子供のように、興味津々といった様子でシルファを見つめている。

 視線だけを銀髪の男性に向けて説明を求めるも、彼はルーカスの言葉を肯定するようにゆっくりと頷くだけである。


(え? どういうこと? この子が魔塔の主のオルディル卿? あの冷徹魔導師と名高い? 本当に?)


 噂と違いすぎる姿に、シルファの頭の中の疑問符は増える一方である。


「ククッ、驚くのも無理はない。こんな見た目をしているが、れっきとした二十八歳の男だ。なぜ子供の姿をしているかについてはこれから説明しよう」


 シルファの反応を楽しそうに観察しながら、ルーカスは手でデスクの前に置かれたソファに腰掛けるように促した。
 シルファはおずおずと腰を落とし、彼の身に起きたことについての説明を受ける。


「俺が魔塔の責任者となったのが二十歳の時。研究や開発に没頭する俺に、魔法省のジジイどもが早く結婚して子供をもうけろとうるさくてな。当面妻帯するつもりもなかったので、無視を決め込んでいたのだが……痺れを切らした奴らはお見合いと称して目ぼしい令嬢を差し向けてくるようになった」


 色々と気になる言い方をしていて、聞いているシルファの方の肝が冷える。
 国の中枢機関である魔法省の重鎮に対する暴言は聞かなかったことにして、シルファは話の続きに意識を集中させる。


「適当にあしらっていたら諦めて帰っていく者がほとんどだったが、三年も経てば上も焦り始めたようでな。ある日、俺は見合い相手に媚薬を盛られた」


 媚薬。

 サラリと言ってのけたが、ルーカスの言葉にシルファは思わず息を呑んだ。




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