戸籍ごと売られた無能令嬢ですが、子供になった冷徹魔導師の契約妻になりました
 ティアード王国は大陸屈指の魔法大国である。

 その王国において、最高峰の魔法の研究施設である魔塔。
 二十階建てのその魔塔では、日夜魔術式や魔導具の研究や開発が行われている。
 国民の生活に不可欠な日用品から、用途が限られた少し特殊な道具まで、その開発対象は多岐に渡る。

 魔塔は業務別に階が割り当てられており、上層階にいくほど複雑で難しく、技術や魔力量が求められる部署が配置されている。つまり、上層階ほどにその業務内容は困難を極め、重要な役割を担っているのだ。

 そしてその頂である最上階は、魔塔の最高責任者の研修室兼執務室が構えられている。

 魔塔に勤める魔導師のほとんどは、より上階層で勤務することを目指して研究に励んでいる。

 魔導師は皆、研究室に篭って仕事に勤しんでいるのだが、魔塔内を忙しなく駆け回る一人の女性の姿があった。


「シルファ、これ倉庫に片付けておいて」

「はい!」

「あ、そこの棚の掃除お願いできる?」

「はい!」

「検品担当にこれ提出してもらえる? 締切ギリギリだから急いでね」

「はい!」


 両手いっぱいに書類や魔導具を抱える彼女の名前はシルファ。
 腰まで伸びた胡桃色の髪を靡かせ、菫色の瞳を持つごく平凡な女性である。

 先日二十一歳を迎えたシルファは、すでに魔塔で働き始めて三年となる。
 今日も今日とて自分の担当外である雑務をあちこちで押し付けられ、魔塔の長い螺旋階段を上に下にと駆け回っている。

 魔塔は二十階建てのため、魔力を動力とした昇降機も二機設置されているのだが、シルファの行き先が細かすぎて階段移動の方が、小回りが効いて早いのだ。

 一通りの雑務を終えた頃には正午を知らせるベルが鳴っていた。


「はあ、やっと自分の仕事を始められるわ」


 肩を揉みながらシルファは長い階段を下っていく。

 そして行き着いたのは簡素な鉄の扉が寂しげな印象を与える場所。
 ギイッと重い扉を押して室内に入ると、たった一人の同僚が顔を上げて「お疲れ様」と手を振ってきた。


「お疲れ様、サイラス。先に戻っていたのね」

「うん、追加のおつかいを頼まれる前に逃げるようにね」


 栗色の髪のサイラスは、眼鏡の奥で優しい印象を与える薄茶色の瞳を細めた。

 魔塔の地下にひっそりと構えられた所属部員たった二人の部署。

 それこそが、シルファの職場であるメンテナンス部である。

 創造することが美徳とされる魔塔で唯一、何も生み出さない部署。世に出回った魔導具の不具合や不備を直すことがメンテナンス部の主な仕事だ。

 魔導具には魔力を循環させるための回路が刻まれている。機械に電気を流すように、その回路が魔導具に込められた魔力を循環させ、それぞれの機能を引き出してくれる。

 だが、魔導具も消耗品だ。長く使えば劣化し、回路の綻びが魔力の滞留を生む。
 メンテナンス部はそうした挙動がおかしくなった魔導具の回路を修繕し、再び持ち主に返す仕事を担っている。




< 2 / 154 >

この作品をシェア

pagetop