戸籍ごと売られた無能令嬢ですが、子供になった冷徹魔導師の契約妻になりました
 シルファは閉じていた瞳をゆっくりと開いた。
 澄んだ菫色の瞳には、決意の色が滲んでいる。

 どちらにせよ、彼の秘密を知ってしまったのだ。もう後には引けない。
 それに、どうせ自分には帰る家も守ってくれる家族もいない。

 ただ、互いの利のために結ぶ婚姻だ。そこに愛はない。いわば業務の延長上と考えればいい。

 それにきっと、ルーカスが元の姿に戻るまでの期間限定のものだろう。用無しになって放り出されたとしても、メンテナンスの仕事に集中できる環境を用意してもらえればそれでいい。

 シルファは覚悟を決めてごくりと喉を上下させた。すっかり乾いた唇を舐め、小さく息を吐き出す。


「分かりました。そのお話、お受けいたします」


 しっかりと胸を張って答えると、ルーカスは悪戯が成功した子供のように笑みを深めた。


「そうこなくっちゃな」


 ルーカスは楽しげに椅子から飛び降りると、スタスタとシルファの前まで歩いてきた。

 座っているとちょうど同じぐらいの視線の高さだなと思いながらジッとしていると、ルーカスは徐に腕を上げてシルファの頬を撫でた。その手がとても優しくて、思わず息を詰まらせる。


「ま、ここまでが建前といったところだ」

「え?」

「シルファ嬢も知っての通り、君を戸籍ごと魔塔で買い取ったのは俺だ。もちろん、身元を引き受けた立場上、仕事や普段の様子についての報告を受けてきた。勤勉で真面目。蔑ろにされがちな古い魔導具も丁寧に大切に扱う。それに、突拍子もない俺の話を子供の戯言だと疑わず、笑わずに耳を傾けてくれた。これまで、俺がルーカスだと名乗っても、信じることなく笑い飛ばした者も少なくはない。契約結婚だからといって、誰でもいいわけではない。俺はシルファ嬢――いや、シルファ、君と夫婦になりたい」




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